語学の問題
どこまでが語学の問題か? 牧師と神父の区別などは、別に専門知識ではなくて常識であるから、語学の問題である。実務翻訳でもたとえばbalance sheetをバランスシートとカタカナで書いては(分かるけれども)駄目で、貸借対照表と書かなければならないのは、会計学を知らなくても常識としてわきまえておくべきで語学の問題だ。
以前、翻訳会社に「出来が悪い」と突き返された翻訳をやり直させられたことがある。突き返してきたのは製薬会社である。humansとmiceを「人間」と「二十日鼠」と訳しているのだもの、駄目に決まっている。ヒトとマウスにしなくては駄目だ。
(高校程度の)語学がきちんとできていれば、専門用語は(出来た方がよいに決まっているが)ある程度間違えても大目に見てもらえるという場合もある。以前、理科系の仕事を一つやってみたことがある。通信衛星の運用基準の英文和訳であった。しばらくしてから、運輸省の技官からメールが来た。「すっきりした日本語に訳してくれてありがとう。以前の訳は余所に頼んだら、分かりにくくて困った。ただ、あなたの訳では「仰角」がどういうわけか「俯角」となっていたので直しておきました」というのだった。
これも前世紀のことだが、「大量破壊兵器」という初めて見る日本語を含む和文英訳をやったことがある。今なら和英辞典に書いてあるのだが、当時は調べられなかった。グーグルもまだなかった。元は英語に決まっているし、依頼主が元の英語を知っているはずだから間違っていても直してくれるだろうと横着なことを考えて、weapons of mass destructionと書いておいたら、それでよかったようだ。
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