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2006年2月 5日 (日)

ガンディーと使徒たち--2

ヴェド・メータ 『ガンディーと使徒たち』新評論より

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日本語版自序

 本書が英語で出版されてから二十七年後に日本語に翻訳されることは、大きな喜びである。作家は誰でも、自分の本が刊行後も長く読み継がれて欲しいと思うものだ。この望みはときに適えられることもある。不遇だった作品が生き残り、一時は大いに喧伝されたものが忘れ去られることもある。死後に自分の著作が生き残るとすればどのような要素のためなのか、分かる作家がいるだろうか。『アイルランドにおける貧困家庭子女が、両親および国家の高負担となることを防止し、むしろこれを社会有用の材たらしむる件についての私案の一つ』を一七二九年に発表したとき、スウィフトはこれが二十世紀に読まれると思っただろうか。まさか高校生や大学生の必読書になっているとは思わなかっただろう。
 一九七七年に発表した本書は、二十世紀の傑出した指導者の一人であるガンディーを扱い、当時存命の親族や弟子たちとの会話を記録している。ガンディーが不朽の歴史的価値を有することは当然として、当事者に直接聞いた話と当時の記録からなる私の本も、船底に張りついたフジツボのように生き残るだろうと私は思ったのである。しかしガンディーを主題に選んだのは事の成り行きからであった。それまで数年の間、私は自分の生まれた国に関する『ポートレート・オブ・インディア』という本に取り組んでいた。これを書き終えたとき、インド最大の指導者を避けて通る限り「ポートレート」は不完全であることに気づいたのである。それで私はさらに五年をかけて本書『ガンディーと使徒たち』を書いた。
 一九七一年に私がこの本の準備を始めたときは、ガンディーの死からすでに二十三年がたっていた。このころには、もっとも人間的な人であったガンディーはすでに多くの神話に覆われて、本当の姿が見えなくなっていた。事実、弟子の多くの物した先師の伝記はあくまでも恭しく尊崇の念に満ち、歴史とはほとんど無縁であるように思われた。私は歴史学の研究から出発したので、存命の弟子たちを探し当ててその証言を聞き反対尋問を行うことが自分の任務であると考えた。私は彼らを求めてインド中を旅した。初めのうちこそ寡黙であったが、彼らはずいぶん積極的に語ってくれた。おそらく私が来るまでは、誰もバプー(これは「お父さん」という意味で、彼らはガンディーをこう呼んでいた)の思い出を聞き出そうとはしなかったからであろう。インタビューするとき、私はまず相手の話を引き出すことに努めて、自分は聞き役に徹することにしている。こちらが適切なタイミングで適切な問いを発すれば、語り手の口から思い出がほとばしり出て、ときには語り手自身が驚き衝撃を受けることさえある。
 私の本が出版されると、与党ジャナタ党の女性議員六十名がモラルジー・デサイ首相に面会して、に関する私の「不潔な」本を発禁処分にせよと訴えた。首相は、自分はその本を読んでいないが、ジャナタ党は言論の自由を公約に掲げて選挙に勝ったのであるから、いかに不潔であっても出版を禁止することはできないと答えた。そこで女性議員たちは、公開焚書を挙行した。新聞の報道によれば(真偽を確かめることはできなかったが)、選挙区に帰って私の藁人形を焼いた議員もいるという。
 私がインタビューした人たちの中に、シスター・アバーと呼ばれていたガンディーの身内の若い女性がいた。ガンディーの晩年、彼女は彼と裸で同衾していた。これはガンディーが性欲を制して「神の宦官」となったこと、生涯の目標であった内なる神の認識に達したことを自身に証明するための行であった。晩年には、もう一人、マヌという若い女性が彼と裸で同衾していたが、この二人を彼は「私の杖」と呼び、二人は常に身辺にあって老年のガンディーに肩を貸していた。マヌは一九六九年に亡くなっていたが、シスター・アバーは私に会うと言ってくれた。初めのうち、彼女はガンディーとの関係に何かやましいところがあるかのように何も言わなかったが、やがてバプーが絶対的な真理の光によって生きたこと、禁欲の実験については彼自身が何一つ隠さず論じていたことを思い出して、腹蔵なく語ってくれた。彼女の劇的な証言だけでもこの本は後に残る価値があり、歴史家には貴重な史料となると私は信ずる。しかし私はあくまでも芸術作品として本書を書いたのであって、これは歴史そのものではない。したがって本書はインタビューに手を加えずそのまま集めたものではない。一つ一つのインタビューは、それぞれ精錬してその精髄を取り出してから、彫刻家が粘土を扱うように形を整えたのである。

ヴェド・メータ
ニューヨークにて
二〇〇四年十一月

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