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2006年2月19日 (日)

柔道か柔術か(3)

 柔道と柔術はどう違うのか。明治時代の日本人はそんなことは考えてもみなかった。
 外国人はどうか? たとえば英語ではどう言っていたか? OED(Oxford English Dictionary)を見てみよう。ご存じのようにOEDは、あらゆる単語の語義の一々について初出年代と出典を明示して用例を並べている。
 

  柔術も柔道もそのまま英語になってOEDの見出しに出ている。
 柔術は見出し語としてはju-jitsuと表記されている。普通はジュージツと発音したことが分かる。
 jiu-jitsu, jiu-jutsu,ju-jitsu, ju-jutsu、およびそれぞれハイフン抜きの形があるとしている。
 初出はジュージツが1875年、ジュードーが1889年である。
 まず、それぞれの定義を見ておこう。

ju-jitusu=A Japanese system of wrestling and physical training, characterrized by the use of certain techniques and holds to overcome an adversary.

ジュージツ=日本式レスリングおよび身体訓練法であって、敵を制する一定の技(techniques and holds--投げ技と固め技)によって特徴づけられるもの

judo=A refined form of ju-jitsu introduced in 1882 by Dr. Jigoro Kano, using principles of movement and balance, and practised as a sport or form of physical exercise.

ジュードー=1882年に嘉納治五郎博士が導入した洗練された形式のジュージツであって、動きとバランスの原理を用い、スポーツまたは体育の一形態として行われるもの

 定義を見る限り、現代の英国人はジュージツとジュードーを区別しているようだ。
 しかし、過去の用例にあたってみると、ジュードーとジュージツは混用されていたことが分かる。

 まず、ジュージツの例
 1875年のJapan Mail 3月10日号に
Jiu-jitsu (wrestling) is also taught, but not much practiced by gentlemen.
 とある。
 1875年は明治8年である。英字新聞ジャパンメールが日本の士族階級(gentlemen)の間ではジュージツすなわちレスリングも教えられていたが、それほど盛んではなかったというのである。それはそうだろう。文明開化に忙しくて柔術どころではなかったはずだ。

 ジュードーの初出は1889年のアジア学会会報日本特集である。
The art of Jiujutsu, from which the present Jiudo has sprung up.
 7年前の1882年に嘉納治五郎が講道館を開いている。
 だからジュージツがジュードーになって、ジュージツという言葉は使われなくなったかというと、そうではないのである。

  1891年、ラフカディオ・ハーンが書いた手紙
A building in which ju-jitsu is taught by Mr. Kano.
 嘉納氏がジュージツを教えている建物、すなわち講道館である。柔道のことをハーンはジュージツと呼んでいる。

 1895年、J. Inoueの書いたWrestlers and Wrestlingという本には
These methods were adopted and extensively practiced by Samurai, and were finally developed into what is now known as Jujitsu.
とある。「現在ジュージツとして知られているもの」というフレーズに注目。
 
 1905年のデイリー・クロニクル2月21日号
Their gymnasium is often visited by ju-jitsu wrestlers.
  ジュージツ・レスラーで英国の新聞読者にはよく分かったらしい。

 同じ1905年、HancockとHigashiのComplete Kano Jiu-Jitsuという本には
Jiudo is the term selected by Professor Kano as describing his system more accurately than jiu-jitsu does.
「嘉納柔術大観」という本を英語で出版したのである。ジュードーという言葉を覚えさせたいのだが、ジュージツという言葉がすでにかなり普及していたのでこちらを使ったのであろう。写真は同書の著者近影。左がKatsukuma Higashi、右がIrving Hancock。

Katsukumahigashiandirvinghancock

 やがて日本や日本人とは無関係の文脈でジュージツが使われる例も出てくる。

1925年  N. Venner Imperfect Impostor 
Jos Polkins--enwrapped him in a benevolent jiu jitsu grip that left him powerless to move.

1928年  F. Romer Numbers Up!
"Revenge?--Nothing of the kind. I shall merely practise Moral Jiu-jitsu."
 これは小説の登場人物の台詞だろう。「精神的なジュージツ」という比喩を使っている。ジュージツという言葉が完全に定着したことが分かる。

 ジュージツが英語に定着したのは、英国で柔術を使ってみせた人物(たぶん複数の日本人)がいて、英国人にかなり強烈な印象を与えたからだろう。(続く)

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