言葉、言葉、言葉
永田議員の記者会見にはびっくりした。情けなくなった。日本人に絶望した。
永田さんは、武部幹事長の息子がホリエモンから3000万円もらったという趣旨の発言をしたのである。事実だと証明できなかったら、深々と頭を下げるだけでは駄目だ。昔ならもちろん切腹だ。
腹まで切らなくてもいいと思うけれど、少なくとも一つだけ、絶対にしなければならないことがあった。「武部さんの息子が3000万円もらったというのは事実無根でした」とはっきり言うことである。
これを言わなければ謝罪になんかならない。永田さんの口振りは「メールの真実性の証明はできないが、書かれていた事実そのものについてはなお疑いが残る」というようなことだった。
一体どういうことだ? 彼が前に言ったことは、事実なのか、事実でないのか、二つに一つのはずだ。
「一定程度の事実を含んだものかについては調べる」だって? 一定程度ってどれくらいだ? 10パーセントくらいか? 3000万円はもらわなかったが、300万円もらった?
テレビを見ていて歯がゆかったのは、記者たちがこの点を追求しなかったことだ。本人がどういう心境であるか、なんてことはどうでもいいのだ。
なぜ、これが分からないのだろう。
日本人に絶望したというのは、そういうことだ。
記者会見に出ていたのは、放送局や新聞社などの記者、言葉の専門家のはずだ。彼らが言葉というものを信じていない。言葉なんてどうでもいいと思っている。日本人が言葉を信じていなくて、言葉なんてどうでもいいと思っていて、記者たちはその日本人の代表なのだ。
しかし、言葉は言葉です。大切なのは気持です。ほんとにそうか?
言葉なんて一応言ってみるだけのことで、本当のところをちゃんと言い表すことはできない。君と君のガールフレンドの間では、その通りかも知れない。
しかし、世の中のことは言葉で正確に表現できる、と信じなければ政治なんてやっていられないはずだ。報道なんて成り立たないはずだ。
「武部二男は3000万円もらった」という言表は、事実なのか、事実でないのか? 二つに一つのはずだ。繰り返して言うが、なぜこれが分からないのだろう?
むかし、「外国人に対して恥ずかしい」という言い方があった。久しぶりに思い出した。ほんとに恥ずかしい。
外国ならどういう展開になったか? 外国ならなんて、お前、外国のことを知っているのかと言われると困る。でも、考えてみることはできるだろう。
武部幹事長の息子が出てきて、永田議員に対して
「国会の外で同じことをもう一度言ってください。私はすぐに名誉毀損であなたを訴えます。それができなければ直ちに事実無根でした、と言って取り消してください」
と要求するだろう。
言葉で何かを表現する。それが事実なのか、事実と異なるのかは、大問題なのだ。外国では大問題なのだ。「外国では」というのは変ですか? では昔の日本ならどうだ。もちろん切腹だ。
ここまでは28日、テレビ記者会見を見て直後の感想。
3月1日になって、改めて考えてみると、永田君は要するにバカなのだから仕方がないが、あの記者会見では隣に鳩山幹事長がいたのだから、永田議員が「メールの真実性はともかく、更に事実を調べて……」などと言い出したときにすぐに話を遮って、「彼はいま頭が狂っております。この話は事実無根でした」と訂正しなければ駄目だ。
武部幹事長はさすがに被害者だから当たり前だがよく分かっている。「誰に何を謝っているか、分からない」「息子が民事刑事で告訴する準備を進めている」 当然だろう。
みのもんたは偉い。本質が分かっている。ほかのニュースショーでまだ「メールを黒く塗りつぶしたのは云々」などとやっているのは情けない。全く分かっていない。
荒俣さんが「頭を丸めて遍路に出ろ」と言ったのは正しい。切腹なんかされては迷惑だから、これしかないだろう。
ブログを読んでいて、びっくり仰天したのは「これで灰色決着」などという意見があったことだ。自民と民主のどちらをひいきするかという問題ではないのだ。君自身のことに置き換えて考えてみたまえ。誰かが「某山某男が痴漢をした」と証言して、君が逮捕されたとする。もちろんそんなことはするはずがないから、証拠不十分で釈放される。「あの証言自体は証明できなかったが、まだ疑惑は残る。灰色決着だ」などと言われたらどうする?
お遍路については、http://www.tokushima-kankou.or.jp/pick/hatijyuhati/jyunrei.html
画像をお借りしました。徳島へ行こう。
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