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2006年2月24日 (金)

ガンディーと使徒たち(3)

 ガンディーの自伝の中で最も有名なのは次の一節だろう。

 恐ろしい夜が来た。十時半か十一時ころだった。私は父の体をさすっていた。叔父が代わってくれると言った。私は喜んですぐに自分の寝室に行った。かわいそうに妻はぐっすりと眠っていた。しかし私が同じ部屋にいて彼女がどうして眠っておれようか。私は妻を起こした。五、六分後、召使がドアをノックした。私は驚愕した。
「起きてください」と召使は言った。
「どうしたんだ?」
「お父様がお亡くなりになりました」
 恥ずかしく惨めだった。私は父の部屋に走った。動物的な欲情が私を盲目にしていなかったならば、私は父の最期を見届けられただろう。父は私の腕の中で、私に体をさすらせながら亡くなっていたはずだ。
 父の最期の瞬間に私は恥ずべき肉欲にふけっていた。これは忘れることのできない、拭い去ることのできない汚点だ。私は限りなく父を愛していた。しかし、私の愛には許し難い欠如があった。私は同じ瞬間に肉欲の虜になっていた。……私が肉欲の絆から解放されるにはなお長い時間が必要だった。肉欲を制するまでに私は多くの試練を経ねばならなかった。

 これは一八八五年のことである。ガンディーは十六歳、結婚後三年たっていた。カストゥルバーイは妊娠後期だった。父の病気は別にしてこのことだけでも自分は妻との性交を慎むべきだったとガンディーは書いている。しかし彼が真剣に性欲を絶つ試みを始めたのは、十五年後、五人目の子供が産まれたあとだった。彼はもう子供は欲しくなかった。そして禁欲だけが道徳的に許される避妊の方法であるとそれ以前から信じていた。彼は妻と別に寝て、疲れ切るまで床につかないことにした。それでも彼は性欲を制することはできなかった。生涯をかけた神の探求がますます彼の心を占めるようになっていたから、彼はブラフマチャリヤ、すなわち絶対的な禁欲の誓いを立てる決意を固めた。ヒンドゥー教の神秘主義者と苦行者の間では、ブラフマチャリヤは究極の自己犠牲と克己の行であり、あらゆる誘惑を退けて神を見いだすための最も確実な方法であると信じられている。しかしこの誓いを立てる力が彼に具わるにはさらに五年を要した。そのとき彼は三十六歳、結婚後二十四年であった。「妻との肉体的関係を絶つことは当初は奇妙なことに思えた」とガンディーは書いている。「しかし私は神の支えを信じて断固として始めた」

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ヴェド・メータ著『ガンディーと使徒たち――偉大なる魂の神話と真実』234-235頁 新評論2004 

 リチャード・アッテンボロー監督の映画『ガンジー』(1983年/米)は必見である。題名役のベン・キングズレーが素晴らしい。この作品は1983年のアカデミー賞で最優秀作品賞、最優秀男優賞、最優秀監督賞などを受賞した。

 しかし、この映画では描かれていない側面もあった。ガンジーのブラフマチャリア(禁欲)の「実験」である。ヴェド・メータは、ガンジーの死後四半世紀を経て、この実験に関わった弟子たちをインタビューして『ガンディーと使徒たち』を書いた。

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