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2006年2月 7日 (火)

ドクター・ワトソンのクリスチャン・ネーム

           ドロシー・セイヤーズ
            
 ドクター・ワトソンについては、友達が少々びっくりし敵は意地悪い笑みを浮かべる事実がある。ワトソン夫人*がどうやら夫の名前を知らなかったらしいことである。ワトソンのクリスチャン・ネームがジョンであることには疑問の余地がない。『緋色の研究』の扉にはJohn H. Watsonという名前が大きな文字で麗々しく印刷してある。ワトソンは処女作の出版を大いに誇りに思っただろう。校正刷を見てもし他人の名前になっていたら直さないはずがない。ところが1891年に同じワトソンが発表した『唇のねじれた男』では、ワトソン夫人が夫を「ジェームズ」と呼んでいるではないか。
 H・W・ベル氏は、この「ジェームズ」は単なる誤植だと主張する(『シャーロック・ホームズとドクター・ワトソン』66頁注2)。「ワトソンは校正にはあまり注意を払わなかった」というのである。その通りかも知れないが、一度でもゲラに目を通せば、まさか自分の名前が間違っているのを見逃しはしない。別人扱いされて平気なはずがない。それに1891年12月にはメアリー・ワトソンが存命だったのである。メアリーは、愛する夫の作品がストランド・マガジンに出ればすぐ読んだはずで、夫の名前も覚えられない女だと思われては困るから、もし間違いなら直させただろう。ワトソンは迂闊な人で、その前の月には妻のことで小さなミスをしている。『五つのオレンジの種』の事件の間、妻は「母親のところへ行っていた」と書いてしまったのである。ワトソン夫人は言うまでもなく孤児であったから(『四つの署名』)、当然この間違いを指摘した。その証拠に翌1892年刊行の『シャーロック・ホームズの冒険』ではmotherがauntに直してある。年月日や歴史的事実のような詰まらぬことはさておき、家庭に関ることになれば彼女は黙っていなかった。ところがJamesという名前は、以後の判でもずっとそのままになっているのである。
 これをどう説明すればよいのか?
 解決は、これまで研究者がほとんど顧みなかった方向に求めねばならない。ワトソンの第二のクリスチャン・ネームという問題の浅薄疎漏な取り扱いは、ホームズ学研究史上の一大汚点であると言わねばならない。
 S・C・ロバーツ氏は、ワトソンの母親は「オックスフォード運動*に傾倒する敬虔な女性であった」と言うが(『ワトソン博士伝』9頁)、証拠は何一つ挙げていない。ワトソンが偉大なニューマンの名前を貰って「ジョン・ヘンリー」と名付けられたという推定を持ち出したいがためにこう言うに過ぎないのである。仮にワトソンの性格にオックスフォード運動への共感が(あるいは逆に反発でもよいが)窺われれば、この推定にも意味があるだろう。母が熱心な信徒なら息子によかれ悪しかれ影響を与えるはずだから。ところがワトソンの宗教観は無色透明である。我々はホームズの信仰についてもほとんど知らないのであるが、ワトソンのことはまったく分からない。この仮説は取り上げるに値しない。
 手堅い考証で知られるH・W・ベル氏もニューマン説を退けている。「ニューマンがカトリックになったのは1845年である。ロバーツ氏がワトソン生誕の年とされる1852年よりも7年も前のことなのである。仮に母親がオックスフォード運動に関っていたとしても、改宗者の名前を息子につけるはずがない」というのである(『シャーロック・ホームズとドクター・ワトソン』前掲箇所)。しかしこの記述は「ジェームズ」という名前に関する注の一部なのだが、ベル氏はここで問題を自分で解決しようとはしない。本当の解決にあと一歩のところまで来ていて、もう一押しすればよかったのである。ところが氏は「ジェームズ」を誤植として片付けてしまったから、ワトソンはかわいそうに笑い物になったままである。
 T・S・ブレイクニー氏の主張はさらに馬鹿げている。氏はジェームズとジョンの「ワトソン二人説」を持ち出し、J・M・ロバートソン氏の説を援用して「本物のジョン・ヘンリー・ワトソンの手になる核心部分と偽ワトソンによる添加部分を区別しなければならない」と言うのである。ジョン・ヘンリー・ワトソンが憶測に過ぎないことはイエス・バラバ*と同様であることを忘れて、架空の名前で身元を保証しようとする。没論理も甚だしい*と言わねばならない。
 事実から引き出すことのできる結論は一つしかない。「ジェームズ」と妻が呼び、頭文字がHである――これが両立できる名前はただ一つである。ワトソンのフルネームはJohn Hamish Watsonなのである。
 Hamishはスコットランド人の名前であるが、イングランドのJamesがスコットランドではHamishになることは言うまでもない。ドクター・ワトソンにスコットランド人の名前がついていても驚く必要はない。むろん彼は歴としたイングランド人であるが、同胞の多くと同様に先祖をたどればスコットランド人がいても不思議ではないのである。雑種の血統を誇るのはたぶん世界でイングランド人だけだろう。「百パーセントのイングランド人」などという言葉は、本物のイングランド人なら決して口にしない。混血が強みだと思っているからだ。スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人、ユダヤ人は血統の純粋性にこだわる。混血によって民族性が失われると思うからだ。しかしイングランドの血は強い。一滴でも混じればイングランド人になるのである。先祖にスコットランド人が百人いても、母親がスコットランド人だったとしても、ドクター・ワトソンがイングランド人であることは揺るがない。
 単なる仮定ではなく、実際にワトソンがスコットランドの血を引いている可能性もある。微少ながら証拠らしきものもある。『恐怖の谷』の冒頭でホームズが「参った。これは一本取られたねえ。君も近頃なかなか食えない奴になってきたね、ワトソン。僕もこれからは用心しなくっちゃ。A touch! A distinct touch! You are developing a certain unexpected vein of pawky humour, against which I must learn to guard myself.」と嘆いてみせるところがあるが、ここで「食えないpawky」というスコットランド語を使っているのは偶然ではないだろう。ホームズは民族的性格については鋭い観察者だった。ワトソンの母親はスコットランド人だった(ただし北西部の高地*ではなく東部の出身)かも知れないのである。この場合は、息子にスコットランド式の名前をつけたとしても不思議ではないだろう。
 しかし名前がスコットランド風だからといって、スコットランド系だと決めてしまう必要もないのである。イングランド人はとにかく異国風のものが好きで、自分の家系でさえ混血にしてしまおうとする。民族的偏見にとらわれるのは愚かしいと思っているから、洒落ていて詩的だと思えば平気で異国の名前をつける。ロンドンの郊外にはダグラスもドナルドもマルコムもイアンも多いが、たいていスコットランドとは縁もゆかりもないのである。パトリックもブライアンもシーラもアイルランド系とは限らない。グラディスが「私の名前はGladysではなくてGwladysと綴るのよ」などと言っても、まず単なる気まぐれで別に先祖伝来の名前というわけではない。ジョン・ハミッシュ・ワトソンという組み合わせも特に変ではないのである。
 妻が夫を呼ぶのにファーストネームではなくセカンドネームを使うのも珍しいことではない。自分が夫を呼ぶ名前はほかの誰も知らない――これは素敵なことではないだろうか。それにワトソン夫人はジョンという名前が嫌いだったのかも知れない。父親の死をもたらしたジョン・ショルト少佐を連想させるからである。「ジョニー」と呼んでも同じことである。それにまともなセンスのある人なら、まさかドクター・ワトソンを「ジョニー」呼ばわりはしない。「ジャック」ならば特に悪くもないようだけれども、彼女にはこれでも軽すぎるという気がしたのだろう。おそらく「ジョン」やその派生形は一切使いたくないと思ったのではないか。とすると「ハミッシュ」と呼ぶか愛称を使うしかない。しかし「ハミッシュ」は少々仰々しい。これを「ジェームズ」とイングランド式に直してしまえば、愛称が同時に本名だということになる。ほかの誰も自分の夫をこの名前では呼ばない。普通の愛称のように浮ついた響きもない。堅実で沈着な夫にはぴったりの名前ではないか。
 ドクター・ワトソンの方も、三年もの間「ジェームズ」と呼ばれるのに慣れていたから、愛妻との会話を描くとき、思わずこの名前を書いてしまったのだろう。事情を知らぬ読者が変に思うかも知れぬことは忘れていたのである。ワトソン夫人もこれを訂正しなかった。彼女にとってワトソンはいつも「私のジェームズ」だった。別の名前で呼ぶなんて不自然で下品なのだ。ストランド・マガジンのページを繰りながらワトソン夫人は微笑んだに違いない。自分たちの家庭がそのまま活字で再現されているのだから。

*ワトソン夫人(原注) ワトソン夫人とは、むろん最初の妻でありただ一人の恋人であったメアリー(旧姓モースタン)である。最近一つの陰謀が進行中らしい。ワトソンに複数の(ヘンリー八世並に多くの)妻をあてがおうとする陰謀である。あるいは複数だったかも知れない。しかし、ワトソン自身がその名を口にした女性、彼の心に永遠の愛を残した女性は、ただ一人だった。

*オックスフォード運動(訳注) 1830年代からオックスフォード大学の英国国教会聖職者たちによって行われた信仰復興運動。中心人物のジョン・ヘンリー・ニューマン(1801-90)が1845年にカトリックに改宗して分裂した。ニューマンは1879年に枢機卿に叙せられた。

*イエス・バラバ(訳注) マタイ伝第27章
祭りの時には、総督、群衆の望みにまかせて、囚人一人を之に赦す例あり。ここにバラバといふ隠れなき囚人あり。されば人々の集まれる時、ピラト言ふ「なんぢら我が誰を赦さんことを願ふか。バラバなるか、キリストと称ふるイエスなるか」
Now at that feast the governor was wont to release unto the people a prisoner, whom they would. And they had then a notable prisoner, called Barabbas. Therefore when they were gathered together, Pilate said unto them, Whom will ye that I release unto you?  [Jesus] Barabbas, or Jesus which is called Christ?
マタイ伝のテキストにJesus Barabbas (ギリシャ語Iesous ton Barabbas)とバラバの前にイエスがついている版がある。これを根拠に「イエス・バラバ」という名前の殺人犯(マルコ伝15章、ルカ伝23章)あるいは盗賊(ヨハネ伝18章)がいたという説をなす者があるが、正統な解釈ではないとされている。

*没論理も甚だしい(原注) S・C・ロバーツ氏も直ちにこの「客観的データと推測の混同」を指摘して厳しく批判している。(1932年10月30日付オブザーバー紙)

*北西部の高地(原注) 北西部高地出身のいわゆるハイランダーならばケルト人である。気が短くて詩的で生真面目で、要するにワトソンとは正反対の性格を示すのがケルト人である。しんねりむっつりで食えない(dour and pawky)のは、スコットランドでも東部のアバディーン側の特徴である。

(原注) 「ジェームズ」と「ハミッシュ」の交換可能性は、ウッド夫人の小説『チャニングズ家の人々』に「長男のジェームズはいつもハミッシュと呼ばれていた」とあるのを見ても分かる。この小説は1890年代のベストセラーであった(1895年までに15万部が売れた)から、ワトソン夫人もここからヒントを得たのかも知れない。

Dorothy Sayers, "Dr. Watson's Christian Name," in Unpopular Opinions, Victor Gollancz Ltd., 1946, pp. 148-151

ドロシー・セイヤーズについては

http://www.aga-search.com/113dorothyl.sayers.html

をご覧下さい。行き届いた紹介があります。

このサイト「ミステリー・推理小説データベース」を作成しているのはどういう人でしょうか? 偉い人がいるものだ。

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