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2006年3月13日 (月)

コナン・ドイルとボクシング(2)

……二三分後には、バッドはウィスキーを飲みながら督促状や召喚状のことなどすっかり忘れたようにしゃべり始めた。ところが二杯ばかり飲むと、例によってアルコールの効き目が出てきた。バッド夫人が席を外すとバッドは話題をボクシングに向け、二三ラウンドどうかねと言い出した。ドイルはボクシングとなるとどうしても誘惑に勝てず、グローブをはめた。二人はテーブルを部屋の隅に片付け、ランプを棚に上げておいて向かい合った。ドイルはすぐに自分の間違いを悟った。バッドの眼の凶悪な光が言葉よりも雄弁に語っていたのは、連帯保証人を断られたのを根に持っていることだった。ドイルは友達同士軽く二三ラウンドのスパーリングをするつもりでいたが、バッドは猛烈な勢いで突進してきた。強烈な左右のパンチでドイルをぐらつかせてドアに追いつめると、激しい連打を浴びせかけてきた。ものすごい右が来て、当たれば勝負がついてしまうところだったが、ドイルは何とかかわして間合いを取った。
「おい、これじゃ、まるで喧嘩じゃないか」
「うん、俺のパンチは強いからな。どうだ」バッドは平気な顔で言った。
「そっちが突っかかってくるなら、俺もやり返すぞ。おい、軽くやろうじゃないか」
 言い終わらないうちにバッドはまた突進してきた。サイドステップで避けたが、すぐに回り込んでまた激しく打ちかかってきた。バランスを崩したところに耳とボディーに一発ずつ食らった。椅子につまずいて体勢が崩れ、耳にもう一発パンチを受けた。耳鳴りがした。
「どうだ、参ったか」とバッドは得意そうに言った。 
 参ったどころか、ドイルはお返しをしてやるつもりだった。今度は攻撃に備えていたから、出てくる相手の鼻に左を喰らわせておいて顎に右ストレートをたたき込むと、バッドは床にひっくり返った。
「この野郎」バッドは怒鳴った。顔は憤怒に引きつっている。「おい、グローブを外せ。素手で来い」
「馬鹿野郎」ドイルは上機嫌で答えた。「喧嘩かなんかする理由がないだろう」
「おい、ドイル」バッドはわめいてグローブを投げ捨てた。「お前がどうでも、俺は素手で行くぞ」
「ソーダ水でも飲め」とドイルは言った。
「俺が怖いのか」バッドはあざけった。「怖じ気づいているんだ」
 ドイルはグローブを外した。そのときバッド夫人が入ってきた。
「ジョージ!」バッドは鼻血で顔の下半分が血まみれになっている。彼女は振り向いて叫んだ。「これはどういうことですか、ドイルさん」目には憎しみが浮かんでいたが、ドイルは思わず抱き寄せてキスした。
「ちょっとスパーリングをしただけです。ご主人が最近運動不足だとこぼすのでね」
「いいから、いいから」とバッドは言って上着を着た。「何も騒ぐことはない。召使はもう寝ただろうな。台所へ行って洗面器に水を汲んできてくれないか。坐ってパイプをやろう、ドイル。話したいことが山ほどある」
 例によって変わり身の早いバッドは、二人の友情を脅かすことなど何も起きなかったかのように、またしゃべり始めた。その晩は平和のうちに更けた。

ヘスキス・ピアソン『コナン・ドイル伝』より

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