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2006年3月23日 (木)

オスカー・ワイルドとコナン・ドイル(2)

……英文学史上まことに奇妙な組み合わせを記録しているのは、コナン・ドイルである。当時、彼は流行らない医者であり、ほとんど無名の作家であった。ドイルは、アメリカの出版社リッピンコット社の編集者と晩餐をともにするためにサウスシーからロンドンに出て来た。相客はギルという名前のアイルランド人の下院議員とオスカー・ワイルドであった。ワイルドはまず『マイカ・クラーク』を絶賛してドイルを寛がせた。ワイルドの会話はドイルに忘れがたい印象を与えた。「彼は我々の上に高くそびえ立っていたが、我々の言うことに興味があるという顔をする術を心得ていた。まことに心遣いに富み如才のない男だった。一人でしゃべる男は、いかに頭がよくても、本当の紳士とは言えない。ワイルドは与えかつ取ることを心得ていた。そして彼の与えるのは独自のものだった」。彼は身振りは少なく言葉は簡潔だったが、活き活きと面白い話をすることができた。未来の戦争はどうなるかという話になると、彼は「敵味方それぞれ一人ずつ化学者がつく。この化学者が瓶を一つ持って前線に出てくるのです」と言った。これを真面目くさった顔で言うので、三人の聞き手は噴き出してしまった。ドイルはワイルドが即興でこしらえた短い話を披露している。「友の幸運は我が不愉快である」という人口に膾炙した言葉が話題になると、ワイルドはたとえ話をしてみせた。あるとき、悪魔の手下どもが聖人を怒らせようとした。しかしいくら頑張っても聖人は泰然自若としている。通りかかった悪魔は手下の失敗を見て、ひとつ教訓を与えようとした。「どうも未熟だなあ。わしがちょっと手本を見せてやる」悪魔はこの隠者に近づくとささやいた。「お兄さんがアレクサンドリアの司教になりましたよ」たちまち賢者の顔は嫉妬と怒りでゆがんだ。「こういうふうにやるんだよ」と悪魔は手下どもに教えたというのである。この晩の出会いの結果、ドイルは『四人の署名』を書き、ワイルドは『ドリアン・グレイの肖像』を書いた。

ヘスキス・ピアソン『オスカー・ワイルド伝』より

Homosexualitywilde

ヘスキス・ピアソン(1887-1964)は有名な伝記作家。コナン・ドイル伝を1943年に、オスカー・ワイルド伝を1946年に書いた。その他にギルバートとサリバン、チャールズ2世、ジョンソン博士、シェークスピア、ディズレーリ、バーナード・ショー、ウォルター・スコットなどの伝記を書いている。

A man can be happy with any woman as long as he does not love her.----Oscar Wilde

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