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2006年3月 2日 (木)

ガンディーと使徒たち(5)

ヴェド・メータ『ガンディーと使徒たち――偉大なる魂の神話と真実』新評論 262頁

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  スシーラ・ナーヤル博士はガンディーの主治医だった。彼女は西洋医学の教育を受けていて、一九六二年から六七年まで五年間インドの保健衛生相を務めたが、ガンディーの弟子の中で最も正統派で、禁酒法を支持し産児制限の方法としては禁欲だけが道徳的に認められるという意見である。彼女の家はデリー市周辺部のやや寂しいところにある。彼女は六十歳くらいの背の低い太った丸顔の女性だった。赤みを帯びた黒髪がやや白くなり、しわの寄った白いカーディーの布に黄色で縁取りしたサリーとかすかに緑色の混じった白のカーディーのチョリを着ている。私たちは彼女の居間兼食堂に坐って話した。周囲の壁にはガラス戸の戸棚が並び、陶器や人形、彫像、本など雑多なものが詰め込まれている。隅に古い冷蔵庫があってモーターの音がやかましい。一方の壁にサンダル履きの足の木彫がかかっている。ガンディーの足であろう。至る所にスシーラ自身の写真がある。ガンディーと、ネルーと、仏像と並んで写したものだ。

「私はバプーと同じように、ブラフマチャーリーとして自然の法則に合った生活をしていれば病気にはならないと信じています」と彼女は言う。「それでも病気になったら、まず最初に自然の単純な治療法を試すべきです。自然療法です。高血圧にはよく寝ること、下痢やお腹が張るときは絶食。バプーはこうしていました。重病で単純な自然療法が効かないときは近代医学を試してみるのもいいでしょう。バプーもマラリアになったときはキニーネを飲みました。でもバプーにとって私は医師だけではなかった。マッサージ師で旅行のお供で秘書でした。私がバプーの小屋にいるときにお客があると、会話の記録を取りました。そこにいる秘書全員が記録を取って、あとでバプーが一番正確だと思うのを選んで活字にしました。一度、ボースの記録より私の方を選んだことがあります。そのとき私はまだ学生で、ボースは自分が偉い学者だと思っていましたから、彼は決して私を許さなかった。あらゆる機会を捉えて私のことを『バプーを自分の所有物だと思っているヒステリーの嫉妬深い女』と悪口を言いました」
 ブラフマチャリヤの実験はいつどうやって始まったのか知っていますか、と私は尋ねた。
「バプーの隣に寝るのは何も特別のことではなかったのです。バプー自身の口から聞いたけれど、ノーアカーリーで初めてマヌに一緒に寝てくれと頼んだとき、二人は一つの布団をかぶって服を着たまま寝たのです。初めての夜も、マヌは彼のベッドに入るとすぐにいびきをかき始めたそうです。しばらく経ってからバプーは彼女に言いました。『私たちはいつムスリムに殺されるかも知れない。だから二人とも純潔の究極的なテストをするべきだ。最も純粋な犠牲を捧げなければならない。二人とも裸で寝よう』彼女は『もちろんそうしましょう』と言った。私はバプー自身の口から、彼も彼女も少しも欲情を感じなかったと聞いています。マヌはノーアカーリーでバプーに奉仕したかった。死の危険に満ちた最悪の場所だったから。でも、マヌが来るよりずっと前から私はバプーと一緒に寝ていました。お母さんと寝るのと同じです。彼が『背中が痛い。押して欲しい』というと、私が押すか彼の背中の上に横になって、彼はそのまま寝てしまいます。初めのころはブラフマチャリヤの実験だなんて言わなかった。自然療法の一部なんです。あとになって彼が女性と――マヌやアバーや私と――肉体的接触をしているではないかと言う人が出てきて、それからブラフマチャリヤの実験という考えが出てきたんです。ブラフマチャリヤのことはもう聞かないでくださいね。これ以上言うことはないから。あなたはボースみたいに嫌らしいことばかり考える人じゃないでしょう?」
 一人の男が入ってきた。彼は梨型の頭、がっしりした顎、短い黒い髪で、顎に白い無精ひげをはやしている。白いカーディーのクルタとドーティーを身につけている。
「ラーラジーです」と彼女が言う。「私と一緒に住んでいて電話に出たり家事の手伝いをしてくれます」
 ラーラジーはその通りですというように咳払いするが何も言わない。
 ガンディーのそばで若年を過ごした女性の多くのようにあなたも結婚しなかったのは何故ですか、と私は尋ねた。
「他の人のことは知りませんが、私はダッタトレヤ・カーレルカルの息子と婚約していました」とスシーラは言う。「彼はすぐに結婚したいと言いましたが、私はもう少し待ちたかった。先ずバプーと国のために奉仕したかったのです。ところが彼がとってもひどいことを言ったのです。『君たちはガンディーのお付きになって奉仕だとか何だとか言っているが、ただただご主人様から離れられないだけなんだ。何でもガンディーのお陰様というんだろう。一緒に地獄まで行ったらいいじゃないか』これで婚約はお終いおしまいになりました。それからは他の誰とも結婚しなかったんです」
 ラーラジーが咳払いするが、やはり何も言わない。
「でもバプーは私のすべてでした」とスシーラはラーラジーを無視して続ける。「彼は神でした。私は昔から超自然的なものに惹かれていました」彼女は首にかけている金のロケットに触る。「最近私はサイババに熱中しています」自ら神の化身と名乗るサイババは近ごろ特に上流階級の間で流行している。彼の奇跡の一つに、空中から自分の写真が入った二十四カラットの金のロケットを取り出してみせるというのがある。そのロケットを彼のファンはお守りとして身につけるのだ。

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コメント

 はじめまして、トラックバックありがとうございました。
 こちらからも入れさせてもらいました。
 「マハトマ」「ネタジ」の足跡から、政治と歴史を考えますと夜も眠むれず、昼寝をしそうでございます。

投稿: 三井田孝欧 | 2006年3月24日 (金) 00時48分

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