« 赤毛のでぶ(1) | トップページ | ストップ・ザ・コイズミ? »

2006年4月14日 (金)

赤毛のでぶ(2)

 でぶといえば大事な人を忘れてはいけない。ホームズの兄マイクロフトである。ワトソンはマイクロフトをどう描いているか? 『ギリシャ語通訳』を見てみよう。ワトソンはディオゲネス・クラブではじめてマイクロフトに会った。

Gree02_2

Mycroft Holmes was a much larger and stouter man than Sherlock. His body was absolutely corpulent, but his face, though massive, had preserved something of the sharpness of expression which was so remarkable in that of his brother.
マイクロフト・ホームズは、シャーロックよりずっと背が高く、太っていた。完全な肥満体だった。しかし、その厚ぼったい顔には、弟の方の特徴である鋭い表情に似たものがあった。

 stouterを「がっしり」と訳せないことは明らかである。
 stouterと言っておいて、absolutely corpulentと言い直している。OEDのstoutの定義にinclined to copulence(太り気味)とあるのが、実際の用法に即した適切な定義であることが分かる。

 それではやせでもデブでもない「がっしり」した人物としては、誰がいたか? 『赤毛連盟』にも一人出てきましたね。
 ウィルソン氏は助手のヴィンセント・スポールディングのことをホームズに聞かれて

Small, stout-built, very quick in his ways, no hair on his face, though he's not short of thirty.
小柄ですが、がっしりした体格で、万事にきびきびしています。三十を超していますが、顔にはひげがありません。(光文社文庫版)

 と答えている。stoutが過去分詞builtを修飾する副詞の役割を果たすので、ここではより原義に近い意味になっている。

 もう一人、がっしりした人がいた。ワトソンである。

He was a middle- sized, strongly built man -- square jaw, thick neck, moustache, a mask over his eyes.
中背でがっしりした男でした。顎が角張り首が太く、口髭を生やし眼はマスクで覆っていました。

『チャールズ・オーガスタス・ミルバートン』である。容疑者の一人の人相をレストレードがこう描写した。
 もう一度『赤毛連盟』の挿絵を見てみると、やせのホームズ、デブのウィルソン氏、がっしりのワトソンと三類型が揃っていることが分かる。ところで、この挿絵をシドニー・パジェットのものと書いたのは、間違いでした。土屋朋之氏が指摘して下さった。パジェットの挿絵ならSPのサインがある。これはJosef Friedrichが1906年に描いたイラストでした。

Redh21_3

 それに、コナン・ドイル自身が、「がっしりした」体格だった。
 ヘスキス・ピアソンは『コナン・ドイル伝』(1943年)でこう書いている。

 21歳のドイルは身長6フィートをこえ、髪は茶色、眼はグレーで、肩幅が広く、胸囲は43インチあった。体重は「素裸で16ストーン[102キロ]をこえ」、力は雄牛のように強かった。彼はこの時期の自分の姿を出版された最初の長編小説『ガードルストーン会社』でおそらく無意識に描いている。「長く引き締まった脚と筋肉質の太い首の上の丸く力強い頭部は、アテネの彫刻家には恰好のモデルとなっただろう。しかし顔には整った東方の美はなかった。純朴そうな離れた眼といい、生えかかった口髭といい、これはあくまでアングロサクソンの目鼻立ちであった」

 16ストーンというと、正典では『スリークォーターの失踪』に登場するシリル・オーヴァートンの体重である。
 
  思った通りで、電報のすぐあとから発信人がやって来た。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのシリル・オーヴァートンという名刺が来場を告げたのは、若い巨漢だった。骨と筋肉のかたまりで体重は16ストーンほどあった。戸口をふさぐくらい肩幅が広い。感じのよい顔立ちだが心労で憔悴した表情で、私たちを見くらべた。

 オーヴァートンはケンブリッジ大学ラグビー・チームのキャプテンである。失踪したのはスリークォーターであるが、本人は体重が100キロ以上あるのだからフォワードだろう。

 ドイルという人は油断がならない。自画像を紛れ込ませているのだ。ドイル自身、エディンバラ大学のラグビー・チームで一時はフォワードを務めた。アルバイトで忙しくて続けられなかったのだ。ケンブリッジ大学のフォワードでキャプテンというのはうらやましい身分だと思っただろう。
 ドイルはラグビーのほかに、ボクシング、クリケット、サッカー、ゴルフ、射撃、自動車などスポーツは万能選手で、アルペン・スキーの元祖でもあった。
 ボクシングについては、『黄色い顔』で「ホームズは彼の体重では最も優秀なボクサーの一人だった」という。ホームズの体重はどれくらいだったか? 彼は身長6フィート、すなわち183センチをやや越えるぐらいであるが、非常にやせているのでそれよりもずっと背が高いように見える、というのが『緋色の研究』のときのワトソンの観察である。ミドル級(約72kg)だろう。(当時は、フェザー、ライト、ミドル、ヘビーの4階級だった。)プロボクサーのマクマードは、背が低くて胸板の厚い男だが(『四人の署名』)、ホームズと同じ階級だったから、プロとアマで3ラウンド戦ったのである。長身のホームズが得意の「クロスヒット」を相手の顎に浴びせて有利に闘いを進めたらしい。
 ホームズが「彼の体重では」最も優秀なボクサーの一人だというのは、たとえば30キロも重いドイルが相手なら、また話は別ということらしい。
 体重がものをいうのはボクシングだけではない。『ブラックピーター』では、ホームズはいくら頑張っても天井からぶら下がった豚の死体を銛で突き通すことはできなかった。だから、ホプキンズ君、君がつかまえたあの貧血質の若者に、あんなものすごい凶行ができるかどうかを考えなくちゃいかんよ、というのであった。果たして犯人は……
 これもドイルが自分の経験から書いているのだ。1880年2月、エディンバラ大学医学部の学生だったドイルは200トンの捕鯨船ホープ号に船医として乗り込んで、7ヶ月の航海に出発した。医者としての仕事はほとんどなかったが、ドイルは鯨獲りに大変な手腕を発揮したので、船長は、来年もホープ号に乗ってくれるなら、今度は船医兼銛打ちとして二人分の給料を払うと申し出た。さすがにこれは勉強に差しつかえるので断ったのである。
 当時の捕鯨は、メルヴィルの『白鯨』(1851)のころと変わらなかった。小さなボートに乗って鯨に近づき、銛を打ち込むのである。銛打ちは筋骨たくましい大男でなければならなかった。

 エーと、何の話でしたっけ。そうそう、がっしりとでぶは区別しなければならない、ということだった。(続く)

|

« 赤毛のでぶ(1) | トップページ | ストップ・ザ・コイズミ? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/1399929

この記事へのトラックバック一覧です: 赤毛のでぶ(2):

« 赤毛のでぶ(1) | トップページ | ストップ・ザ・コイズミ? »