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2006年4月 2日 (日)

「ホームズさん、巨大な犬の足跡だったのです」

                     エドマンド・ウィルソン
         Houn00
『アクセルの城』の文芸批評家エドマンド・ウィルソン(1895―1972)は、1944年から45年にかけて、書評主幹を務めていた『ニューヨーカー』誌に3編の探偵小説論を書いた。

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(1) "Why Do People Read Detective Stories?"――1944年10月14日号
(2) "Who Cares Who Killed Roger Ackroyd: A Second Report on Detective Fiction"――1945年1月20日号
(3) "Mr. Holmes, They Were the Footprints of a Gigantic Hound"――1945年2月17日号

(1) と(2)には翻訳がある。
(1) 「探偵小説なんかなぜ読むのだろう?」みすず書房2005『エドマンド・ウィルソン批評集2 文学』所収 中村紘一訳
(2)「誰がアクロイドを殺そうが」成甲書房2003『ミステリの美学』所収 松井百合子訳

 (1)でエドマンド・ウィルソンは「私の周りには探偵小説の愛読者が多く、盛んにあれこれと品定めをしあっているが、私には何のことだかさっぱり分からない」ので、自分もこのジャンルのものを読んでみることにしたという。しかし、レックス・スタウトはてんで駄目(ネロ・ウルフの食事シーンだけはまずまず)、アガサ・クリスティという人は随分たくさん書いているらしいが自分はもう一冊たりとも読みたくない、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』に至っては新聞の連載漫画のレベルだ――という調子で探偵小説否定論を述べたので、読者から抗議の投書が殺到した。これに答えて書いたのが(2)である。今度はドロシー・セイヤーズの『ナイン・テイラーズ』を読んでみたが、これは「今までに読んだ一番退屈な小説の一つだった」。ただレイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』はまずまず読ませる。ウィルソンは結論として、探偵小説を読む習慣は愚かで有害な悪癖として「まずクロスワードパズルと喫煙の中間辺り」であろうと言う。

 その四週間後に書いたのが(3) で、本稿はその翻訳である。

 四週間前の私の探偵小説論は前回以上にすさまじい反響を呼び、百通以上の投書をいただいた。しかし今回は、私の批判に賛成するという人がほとんどだった。不賛成だという手紙も少し来たが、その中にはずいぶん過激なのもあった。あるご婦人は追伸として「エドマンドという名前の男はみんな虫が好かなかった」と書いてきた。また別のご婦人の手紙には、「探偵小説を出さない出版社からいくら貰ったの?」とあった。このような激烈な反応を見ると、いよいよ私の確信は強まるのである。探偵小説は習慣性の薬物であって、中毒患者は死に物狂いになるから恐い――これは賛成の手紙の多くも認めていることである。前回、終りの方で少々説教じみた調子になった。あれはむろん冗談である。ところが真面目に取った読者もおられるらしい。ずっと中毒でしたが、お説を拝読して、これからは二度と探偵小説は読まないと誓いを立てました、などとおっしゃる。旧友の古典学者兼考古学者などは、自分もこの麻薬の虜であったが、ド・クインシーのひそみにならって『探偵小説中毒者の告白』を書くつもりだと言明した。どうも困ったものである。

 ところで私も告白しなければならない。昨年の秋このジャンルをのぞいてみてから、自分が中毒になってしまったのだ。私の場合は、毎晩シャーロック・ホームズを読んで寝る癖がついてしまった。子供のとき読んだきりの本家コナン・ドイルを最近の亜流と比べてみるつもりなのだ。しかしシャーロック・ホームズのどこがよいかというと、私の場合は、当節の新製品の消費者とはまったく別の理由をあげるのである。私の論点は一つである。シャーロック・ホームズはそれなりに立派な文学であるが、昨今流行のミステリは違う――と言いたいのである。ホームズが文学であるのは、トリックやパズルのためではない。メロドラマが精彩を放っているからでもない。そういうものはほかの探偵小説にもある。そうではなくて、イマジネーションとスタイルのためなのだ。コナン・ドイルが『事件簿』の序文で述べているように、これはおとぎ話なのだ。とびきり面白くてすこぶる上質のおとぎ話なのだ。
 シャーロック・ホームズ譚は、『アリス』やエドワード・リアの『ナンセンスの絵本』と同様に、別に本業がある男が気楽に書いたものである。

ところが、ひとたび生を享けると作者の手を離れて独自の命を持つようになった。コナン・ドイルは歴史小説が自分の本領だと考えていたから、これは真剣になって書いた。しかしホームズとワトソンは傀儡でお笑い草だが、金のためには仕方がないと思っていた。だから書くときにもあまり注意を払わず、その結果矛盾だらけになったが、わざわざ直す気はなかった。ワトソンのクリスチャン・ネームを忘れてしまい、新しいのを付ける。アフガニスタンの戦場で受けた傷の位置を変えてしまう。はじめは文学に無知というのがホームズの性格の特異点だったのに、あとになるとペトラルカやメレディスを論じさせる。一度など話の途中で季節を7月から9月に変えてしまったこともある。(ホームズがいかに生命力に富んでいるかは、このような矛盾に説明をつけようとするファンが出てきたことでも分かる。彼らはホームズとワトソンを実在人物扱いして揣摩憶測を重ね、これを『ガス燈に浮かぶ横顔』という一巻にまとめている。)ドイルはだんだん主人公に我慢がならなくなってきて、ストランド・マガジンの連載の二巡目が終わると殺してしまった。彼を片付けるのにまったく手配などはしてなかったし、やり口はいかにも軽佻であった。しかしシャーロック・ホームズは瓶から出た魔神だった。いったん出てしまえば、もう元に戻せない。いつでもご主人様のご用を果たすことができる。ドイルもやがてホームズを生き返らせ、彼を主人公に据えてさらに5冊の本を書くことになった。後にも先にもはじめて本物の魔法を見つけたのだ。
 この魔法はどこから呼び出したのか? どんな要素が魔法を作ったのか? もちろんポーがいたし、R・L・スティーブンソンの新アラビア夜話があった。『二輪馬車の冒険』や『贅沢な邸宅の冒険』からは、ホームズ譚の標題だけでなく、人を意外な場所に拉し去って奇怪な事件を目撃させるという手法も借りている。しかしドイルはスティーブンソンに比べれば「文学的」でなかったのに、もっと充実した成果を得た。これはスティーブンソンの洗練された東洋風味やきらびやかな幻想とはまったく別の特性のおかげなのである。まず、スティーブンソンは性格造形に弱かったのに対して、ドイルはリアルな人物を二人も作ってみせた。さらに、コナン・ドイル流の幻想は、スティーブンソンに比べて洗練を欠くが、はるかに生き生きしている。彼のイマジネーションの力がよく表れているのは、奇妙なことに終局が不十分で竜頭蛇尾に終わる物語の方なのである。若い女が、田舎の邸宅に仕事がある、髪の毛を短く切り、鋼青色の服を着てくれれば高給を払う、と言われる。彼女は決まった時間に決まった場所に坐らされ、その家の主が次々と面白い話をして笑わせる。ギリシャ語の通訳を仕事にしている男が突然馬車で誘拐され、ロンドン市内の陰気な屋敷に連れ込まれる。家具は豪華なもので白い大理石の高いマントルピースがあり、日本の鎧が飾ってある。眼鏡をかけた男(クスクス笑う癖がある)がギリシャ語の通訳をしろと命ずる相手は、青白く痩せこけた男で、監禁されているらしい。顔中一面に絆創膏だらけである。

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 この『ぶな屋敷』と『ギリシャ語通訳』のいずれも、出だしはきわめて喚起力が強いのに尻すぼみになっている。なぜ顔中に絆創膏を貼っているのか、説明は不十分である。
 ワトソンがこの「不思議な事件には……なお謎が残っている」などと言うものだから、読者は、ひょっとしたらまだ裏の裏があって探偵が解明しそこなったのではないか、と思ってしまう。しかしイメージの力はまことに強い。この強力なイメージは、ヴィクトリア朝ロンドンの退屈な表面との対照、乖離から来ている。
 ここでドイルの活用しているのは、スティーブンソンのなめらかな話芸とはかけ離れたものだ。ドイルは英国の伝統によっている。ロビンソン・クルーソー以来、英語の小説術は平々凡々日常的な語りで興奮と驚異を創り出すことに長けている。異様な要素は何も含まない状況の中にある、「邪悪な」(ドイル愛用の語である)ものの存在を我々に実感させることができるのだ。たとえば『海軍条約事件』はどうだ。ドイルがこの作品を『ギリシャ語通訳』のあとに置いたのはむろん注意深く計算してのことだ。外務省の若い職員が重要な条約を託され、夜遅く残って事務室で筆写している。残業しているのは彼一人で、部屋への出入り口は階段が直接街路に通じているだけである。彼の手元に条約があることは外務大臣しか知らない。やがて彼はベルを鳴らして小使を呼ぶ。コーヒーを持ってこさせようというのだ。ところが現れたのは見知らぬ女である。大柄で下品な顔つきでエプロンをしている。小使の家内です、コーヒーはすぐに持ってこさせますと言うが、しばらくたってもコーヒーは来ない。どうしたのかと下へ見に行く。小使は居眠りしている。

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そのとき頭上でベルが鳴って小使は目を覚ます。
「湯が沸くのを待つ間につい寝込みまして」
小使は彼の顔を見て、それからまだ頭上で鳴っているベルを見上げた。驚きが顔に広がった。
「あなた様はここにいらっしゃる。いったい誰がベルを鳴らしたんで?」
「ベル、ベルがどうした?」
「お部屋のベルです。お仕事なさっておった部屋のベルです」
 この二つの出来事、女の出現と鳴り響くベルの音は、真面目な顔で語られ、我々に激烈なショックを与える。もちろん二階に戻ってみると誰もいない。海軍条約は消えている。
 構成も文体も秀逸である。現代の水増しした小説などとは比べものにならない。もっとも、ストランド・マガジンが短篇小説に要求する長さの制約から、ドイルが終りの方を少々端折っているのではないかという感じがすることもある。ホームズの「推理」にはトリックだけでなくウィットがある。会話にもウィットがある。ワトソンとホームズのやり取りだけでなく、ずいぶん芝居がかった台詞でも、ドイルは効果をちゃんと計算しているから、決して単なる荒唐無稽にはならない。たとえば『第二の汚点』の終結部はどうだ。
「ホームズさん、これには少々裏があるようですな。手紙が状箱に戻ったのはどうしてです?」
 ホームズはにっこりして、鋭く見つめる首相の目をかわした。
「私どもにも外交上の機密はございます」と彼は言うと、帽子をつまみ上げ、ドアに歩み寄った。
 むろん文章は月並みの極みである。しかしその月並みの繰り出し方が一種独特の調子を醸し出している。著者が手際よくさっさと話を進めるから、我々は退屈する危険がない。状況と登場人物の月並みぶりもうまく機能して全体の効果を高めている。前述のような諸要素の配置の妙だけではなく、背景がまた絶妙である。ロンドンでは絨毯を敷き詰めた陰鬱な部屋や黴臭い空き家、田舎の古い(あるいは新しい)屋敷には必ず車寄せに植え込みがある。登場人物は、癇癖の強い猛獣専門のハンターや意気盛んな貴婦人まで、背景と同じ雰囲気を帯び活気に満ちていて、あのパンチとジュディの猛烈な人形たちと同じように、その単純な役割で強い印象を残すのである。しかしホームズ譚全体を覆っているのは、父親が子供のために出任せに話をして聞かせるときのような、無責任なコメディの雰囲気である。アライグマとオポッサムとマックロカラスが木の洞で仲良く暮らしておりました――というのはアルバート・ビゲロー・ペイン(1861-1937)が作った話であるが、あれを思い浮かべればよろしい。夜ごと聞き手を愉しませて寝る前に寛がせるために、話し手は何でもでっち上げることができる。モリアーティ教授、あの科学的大犯罪者が科学的名探偵を追い詰める。これは、お話も少々長くなってきたから切り上げ時だというので、思いついたのである。二人が互いに相手を出し抜こうと知恵を絞る死闘は、有り得可からざることだから面白いのだ。一部のホームズ専門家は後期の二短編集を軽んじているようだが、私はその評価には与しない。たしかにプロットは少々お粗末かも知れないが、ドイルはここでまず自分が大いに楽しんでいて、実に剽軽な味を出している。『瀕死の探偵』など素晴らしいではないか。ホームズは南洋の熱病に罹った振りをして、ワトソンには診察させないと言う。

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「事実は事実だ、ワトソン。結局のところ、君はただの町医者で経験も少ない。腕も大したことはない。こんなことを言うのは僕だって苦痛だが、君が言わせたのだ」「私はひどく傷ついた」とワトソンは言う。ときにはワトソンが捜査を引き受けてヘマをするというのも実にいいアイデアではないか。反対に、ホームズがワトソンに代わって語り手役を務めることもある。ホームズは、ワトソンが舞文曲筆を事とするのが気に入らないから自分がやってみせるというのである。(ところで、私は、クリストファー・モーレー氏がすでに示唆していることではあるが、レックス・スタウトの偉大なる探偵ネロ・ウルフのお手本を発見した。一番面白い登場人物の一人、シャーロックの兄マイクロフトである。彼もまた天才なのだが、太りすぎて鈍重になってしまい、事件に取り組むには、誰かがデータを全部揃えて持ってきてくれないと駄目なのである。)
 
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 そして、これはすべて木の洞の中で起きることなのである。あの「ぬくぬくした危険」の雰囲気――という語句はモーレー氏がはじめて使ったのだと思うが、彼がホームズ論集『シャーロック・ホームズとドクター・ワトソン』の序文で使ったこの語句がまさにぴったりではないか。ホームズとワトソンは、寝ずの番をし、現場に踏み込んで犯人を逮捕し、無事にベーカー街に戻ってくる。居間に落ち着いて、女将に朝食を持ってこさせ、二人でゆっくりと事件を論じ合う。法と秩序は揺るがない。英国の警察は見事に治安を守っている。世界中にこれほど勇敢で忠実な者たちはいない。ただ彼らを指導する知者、科学の精神を持ったロマンティックな人物がいればよいのである。事件には毎回必ずきちんと決着がついて、すべて収まるべきところに収まる。ホームズ自身、かつてはコカイン中毒だったのに、ワトソンの指導よろしきを得てちゃんと治っているではないか。この世界では、依頼人は必ず事件の説明が済んだときに見計らったようにやって来る。ホームズとワトソンは遅れも混乱もなくどこへでも出かけることができる。『ギリシャ語通訳』の中の一挿話がこの定時性の好例である。ギリシャ語通訳は、謎の家へ連れて行かれたあと、またしばらく馬車に乗せられてから解放される。
「私を乗せてきた馬車は見えなくなりました。一体ここはどこだと思ってあたりを見回していると、暗闇の中を誰かがこちらにやって来た。近づいてきたのをよく見ると駅のポーターでした」

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「ここはどこだろう?」
「ウォンズワース・コモンです」
「市内へ汽車はあるだろうか?」
「一マイルほど歩けばクラパム・ジャンクションでさあ。ヴィクトリア行き最終にちょうど間に合います」
 というわけで、おかしなギリシャ人どもがロンドンで何をしようが[ウィルソンの勘違い。悪者は英国人]、ちゃんと英国人のポーターがいて、彼に聞けば汽車をつかまえることができるのだ。最新流行のミステリでは、このポーターが実はポーターではなかったということになる。彼はどういうわけか絨毯を敷き詰めた部屋にいた男どもとつながりがあって、通訳は最終列車には乗せてもらえない。さらに果てしないトラブルに巻き込まれるのだ。同じように、若い女に鋼青色の服を着せ髪の毛を短く切らせて自分の冗談で笑い転げさせる男は、実はクラフト・エービングかフロイトの症例になるような精神異常である。現代では「邪悪な」という言葉は、ミステリの中でもまず使われない。これは、スパイ、殺人、裏切り、神経症などがあくまで例外的な出来事だということを示しているのだから。

ホームズについては書斎の死体も見てください。 
 

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コメント

貴重な翻訳、興味深く読ませていただきました。篠田一士が、黒岩重吾を嘲笑ったり、丸谷才一の『笹まくら』をスパイ小説に比したりしたのは、ウイルソンの影響(というか物真似)だったのですね。ウイルソンの文章がもっとたくさん翻訳されることを願います。では

投稿: 闘いうどん | 2006年4月 3日 (月) 20時49分

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受信: 2006年4月 3日 (月) 08時22分

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今日、1月6日はシャーロック・ホームズの誕生日です。ホームズは、1854年1月6日に生まれたという説がありもっとも有力とされています。しかし原作(聖典またはキャノン)には1月6日に生まれたという記述は一切ありません。では、なぜ1月6日誕生説が出てきたかというと、以下の二点がおもな理由です。1.ウィリアム・シェイクスピア『十二夜』の台詞を二回言っている。 (12夜とは12日節の前夜祭で1月6日のこと)2.『恐怖の谷』で1月6日の夜に何かしていたらしい事を想像させる記述がある。結構あいまいです。なぜこん... [続きを読む]

受信: 2006年4月 4日 (火) 05時27分

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