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2006年4月 9日 (日)

theについて(2)--四つの署名?

(承前)英語でも、theを付けるべきかどうかが一義的に決まらない、どちらでもよろしい、口調がよい方にする、という場合があると思う。

 たとえば、コナン・ドイルの『四人の署名』は、はじめは
The Sign of the Four
 として発表され、後に
The Sign of Four
と改題された。ドイルは「どちらでも意味は同じだ。ただ後者の方が口調がよい」と思っていた――と私は思うのである。

 アメリカのリッピンコット社の編集者がオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』とコナン・ドイルの『四人の署名』を一晩で手に入れた話は、ヘスキス・ピアソンがワイルド伝とドイル伝で描いている。(オスカー・ワイルドとコナン・ドイル(1)(2)参照)
 同じ話をジョン・ディクスン・カーのコナン・ドイル伝は次のように描いている。

『リピンコット・マガジン』という雑誌は、フィラデルフィアのJ・B・リピンコットとロンドンのウォード=ロックの両社から同時に発行されていたが、そのアメリカの編集者が『緋色の研究』を読んで、もう一つシャーロック・ホームズを主人公とする物語を書いてもらって同誌に全編発表したいと思い立ち、ロンドンでいっしょに食事をしながらその問題を相談したい、と言ってきたのである。これは見逃せない好機だった。その食事の席で彼はオスカー・ワイルドに会った。まだ劇作の成功に狂い立たないころのワイルドだった。コナン・ドイルは、シャーロック・ホームズ物語を書くと約束した。こうして1890年2月号の『リピンコット』の英米両版に、『その四人の署名」(The Sign of the Four)が発表されるにいたったのである。
 彼自身はそれを単に『四つの署名』(The Sign of Four)と呼ぶ方を好んだ。しかし、われわれは、ひめやかな、音調のよいほうの呼び方をすることにしよう。彼は当時『その四人の署名』については、手紙にも、備忘録にも、日記にも、まるでふれていないが、それは別に驚くにはあたらない。というのは、当時彼は、もっぱら『白衣団』に心を打ちこんでいたからである。
(Johon Dixon Carr, The Life of Sir Arthur Conan Doyle, 1949  大久保康雄訳『コナン・ドイル』 早川書房 1962)

 しかしtheの有無だけでそんなに大きく意味が違うものだろうか? 「その四人の署名」はいいとして、theを外せば「四つの署名」という意味になるだろうか? 常識的には「四つの署名」なら(The) Four Signsのはずだ。
 ディクスン・カーは、The Sign of the FourとThe Sign of Fourを比べて、前者の方が「ひめやか」で「音調のよいほうの呼び方」だと言っているだけである。(「音調がよい」はたぶんeuphonicだろう。「ひめやか」というのは、はて英語で何と書いてあったのだろう?)「四つの署名」という意味に変わるというのは、訳者の解釈にすぎない。

The Sign of (the) Fourとはそもそも何であったか? コナン・ドイルの原文にかえって検討してみる必要があるだろう。

Sign03

「ショルトー少佐は、父の特別に親しいお友達でした。父の手紙には少佐のことがたくさん書いてありました。二人ともアンダマン島で部隊を指揮しておりましたから、一緒に仕事をすることが多かったようでございます。ところで、父のデスクの中から、誰にも分からないおかしな紙が出てまいりましたの。取るに足りないものでしょうが、ひょっとしてご覧になるかと思って、持ってまいりました。これでございます」
 ホームズはその紙を注意深く拡げて膝の上でしわを伸ばした。二重拡大鏡を取り出して隅から隅まで丁寧に調べていった。
「インド産の紙だ。しばらくピンで板にとめてあった。この図は広間や廊下や通路がたくさんある大きな建物の一部の見取り図のようだ。一箇所に小さな十字が赤インクで書いてある。その上に「左から3.37フィート」。これは鉛筆書きで消えかかっている。左隅に奇妙な象形文字みたいなものがある。十字を四つ、横につないで一列に並べたみたいだ。その横に、ひどく乱雑な字で書いてある。「The sign of the four――ジョナサン・スモール、マホメット・シン、アブドゥッラー・カーン、ドスト・アクバル」いや、どうも、これが事件とどんな関係にあるかは、見当がつかないな。しかし、重要な書類らしい。札入れにでも大切にしまってあったのでしょう、裏も表もきれいだから」

「ともかく、二度目の会合で話はついた。今度は、マホメット・シン、アブドゥラー・カーン、ドスト・アクバルもみんな顔を揃えた。改めて相談して、段取りを決めた。まず二人の将校にアグラの砦の地図を渡す。壁の宝物を隠したところに印を付けるのだ。ショルト少佐がインドへ行って確認する。宝の箱を見つけたら、そのままにしておいて、ヨットに食料を積んでラトランド島の沖にまわしておく。あっしらは何としてもそれに乗り込むんだ。少佐の方は軍務に戻る。それからモースタン大尉が賜暇を願い出て、アグラであっしらと落ち合う。そこでいよいよ宝物の分配だ。大尉がショルト少佐の分も持ち帰る。こういうことを全部取り決めて、考えられる限り、口で言い表せる限りの最も厳粛な誓いを立てて、固く約束しあった。あっしは一晩中、紙とインクを相手に徹夜して、朝までに同じ図面を二通こしらえて、アブドゥッラー、アクバル、マホメットとあっしの the sign of fourを書いた」

 メアリー・モースタン嬢が持ってきてホームズに見せた紙片にはThe Sign of the fourと書いてあったのだ。ところが、ジョナサン・スモールは、「the sign of fourを書いた」と言っているではないか。
 この地図を作ったのはインド大反乱(1957-59)のあとでスモールが服役しているときであった。ホームズ、ワトソン、アセルニー・ジョーンズの三人を相手に思い出話をしているのは1888年のことらしい。数十年の間にtheが消えてしまったのだ。
「the fourでも単なるfourでも意味は同じ」とスモールは考えた。そしてコナン・ドイルもそう考えたのである。
 
 この署名は普通の署名とは違う。普通なら四人がそれぞれ自分の名前を書くはずだ。しかし、この場合は、三人のシク教徒は字が書けなかった(少なくとも英語は書けなかった)ので、ジョナサン・スモールが代表として「ひどく乱雑な字で」The sign of the four--Jonathan Small, Mahomet Singh, Abdullah Khan, Dost Akbarと書き、これに×印を四つ書き足して署名にしたのである。四人が一体となって一つの署名を書いたのだから、訳は「四人の署名」になるはずだ。
 普通に英語なりインド語(?)なりで各人が自分の名前を書いたのなら、The four signsであって、これは「四つの署名」と訳しても「四人の署名」と訳してもよいだろう。

 私は子供のとき延原謙氏の訳でホームズを読み始めたから、ずっと「四つの署名」だと思っていた。しかし、よく考えてみると、上のように「四人の署名」になるはずである。
theは付けても付けなくても意味は同じ、あとはどちらが口調がいいかだけ、という場合があるらしい。ディクスン・カーはtheを付けた方が「音調がよい」というのだが、ドイル自身は反対の意見だったのだ。

 むかし、日本語がよくできるドイツ人に質問されて困ったことがある。「学校へ行く」ですか「学校に行く」ですか? どちらが正しいんですか? 「どちらでもよろしい」。しかし二つ言い方があるのなら意味が違うはずだ。どう違うのですか? そんなことを聞かれても困りますよね。どうも、このtheの有無は同じようなケースではないかと思うのだけれど、違うだろうか?

 シャーロック・ホームズの本文は、http://camdenhouse.ignisart.com/canon/index.html
をご覧ください。挿絵もここにあります。
 ホームズについては、書斎の死体も見てください。

 シク教徒については、エンカルタ百科辞典を引用しておきます。(セポイの反乱はインド大反乱の別名)

 イギリス統治下のインドでは、1857年におこったセポイの反乱に際してのシク教徒の忠誠により、イギリスはシク教徒に対し、優先的に土地の無償払い下げをおこなった。さらにシク教徒は軍人・警官として高い評価をうけ、富を手にいれた。第1次世界大戦以後、イギリス政府とシク教徒との関係は何度か悪化した場面もあったが、全体的には平和がたもたれていた。しかし1947年のインド独立によってシク教徒は特権をうしない、パンジャブ州はインド領とパキスタン領に2分された。
 パキスタン領のシク教徒は、イスラム教徒とのきびしい戦いのすえ、1965年にインドに移住した。長年にわたる要求運動に応じて、66年にインド政府はパンジャービー語を公用語とするパンジャブ州を設立した。現在でも、インドに1600万人以上いるシク教徒のほとんどがパンジャブ州の出身である。
 しかし自治の拡大を要求するシク教分離主義者によるテロに対抗し、インド政府は1984年6月に軍を派遣してゴールデン・テンプルを奪取した。シク教徒はこの武力行使に対する報復をちかい、同年10月31日におこったインディラ・ガンディー首相の暗殺には護衛兵の中のシク教徒が加担した。
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コメント

はじめまして。私、ワイルドのサイトの管理人をやっております。
先日は、貴重なご意見を送って頂き、ありがとうございました!
私は翻訳家ではないので、こちらのブログを拝見してなるほどなぁと思うことが多々ありました。これからも、こちらでいろいろお勉強させて頂きますね。

偶然なのですが、数週間前、何年ぶりかにホームズ・シリーズを読み返しました。
「四つの署名」の訳者あとがきで、延原氏もこの点について述べていますが、わざと「四人」ではなく「四つ」にしたとのことでした。できることなら、sign も「署名」以外の意味を含むような言葉で表したかったというようなことが書いてあったように記憶しています。延原氏は、「どういう意味だろう?」と思わせるような題名にしたかったようです。
(以上、文庫本のあとがきにありましたので、ご参考までに)

投稿: lazy | 2006年4月 9日 (日) 18時32分

はじめまして。いつも楽しく拝読しています。私、網上猟句の
読書会などに参加させて頂いている一ホームズ愛好家です。

カーのドイル伝、「しかし……しよう」の部分(引用箇所10-11行)、原文は次のとおりです。ご参考まで。

But let us take the liberty of calling it by its stealthier, more euphonious title.

   "The Life of Sir Arthur Conan Doyle"
John Murray(1949)p.77.

投稿: えふてぃ | 2006年4月12日 (水) 13時01分

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