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2006年5月30日 (火)

ホームズの学生生活(3)

(6)はそれ自体に矛盾が含まれている。ブレイクニー氏は、ホームズがロンドンに出てきた(came up)のは「どうやら大学('Varsityすなわちオックスフォードかケンブリッジかのいずれか)を去ってかららしい」と認めている。ロンドンで仕事をはじめたが「それまでは主に別の場所にいたことは明らかだ」というのである。つまり、ホームズがロンドンに出てきたのと仕事をはじめたのは同時で、これが『グロリア・スコット』の年だったというのである。ブレイクニー氏によれば、この事件は「『マスグレイヴ家の儀式』より少なくとも四年は前」のことであり、あるいは五年前だったかも知れないという。彼は1874年だったとするが、これはH・W・ベル氏の『マスグレイヴ家の儀式』が1878年9月のことだという推定とも合致する。とすると、ホームズは(まだ学校に籍を置いたまま)モンタギュー街で「有り余るほどの時間」を使っていろいろ研究しながら仕事がやって来るのを待ち、その四年間に実際に手がけた事件は二件しかないということになる。この長い待ち時間を後で振り返って「何ヶ月も無為に過ごして云々」と言うのだが、少々言葉遣いが控え目すぎるだろう。十二ヶ月、あるいは十八ヶ月くらいでも「何ヶ月」と言うかもしれない。しかし、本当に四年も待たされたのなら四年と言わなければおかしい。この仮説はやはり成り立たない。ホームズがロンドンに出てきたのは、いくら早くても1876年になってからだろう。これでロンドン大学の学生という説は崩れた。came upという表現は「上京した」ということであって、ここでは大学に入ったことを言うのではない。ホームズの学生生活が何年間だったかという問題は未解決のまま残るのである。

 これはなかなか大変な問題である。ホームズ自身の言葉とされているものがあいまいである。そればかりか、年代学上のやっかいな問題があることは、もう少しあとになれば更によく分かるだろう。

 ここではホームズのロンドン生活の問題は一時棚上げにして、オックスフォードかケンブリッジか、どちらだったのかという問題を考えよう。ヴィクター・トレヴァーと友だちになったのはこのどちらかの大学であってロンドン大学ではない――これは本文を読んだだけで分かると思う。ブルテリア、チャペルでの礼拝、それに大学生の主要な関心事がスポーツであるというのは、すべてこの結論を指している。それに今や「治安判事で地主」になっているトレヴァー氏は、若いころ自分が得られなかった社会的地位と教育上の利点を息子には与えてやりたかったはずだ。当時これはオックスフォードかケンブリッジでしか得られなかった。

 また、トレヴァーとの交友はマスグレイヴの場合より時期が早いらしい。『グロリア・スコット』ではまだほとんど友人がいなかったのに、『マスグレイヴ家の儀式』の頃になるとホームズは周囲に強い印象を与え推理の方法が評判になった。

『グロリア・スコット』で決定的に重要なのは、明らかにブルテリアの一件である。ノックス神父は、犬はカレッジの構内に入れてはならないはずだと言われる。内部事情に通じた人だけにさすがに説得力があるが、ブレイクニー氏に言わせれば、これは別に乗り越えがたい反対というわけではない。ホームズはおそらくカレッジ外に下宿していて街路で噛まれたのだろうという。仮に大学がオックスフォードであって、ホームズが二年しか在学しなかったか、あるいはトレヴァーと知り合ったのが最初の二年のうちだったとすれば、これはまったくあり得ない状況ということになる。オックスフォードでは、新入生は必ずカレッジ内に部屋を割り当てられるからである。最初の二年間はカレッジ内に住み、在学三年目になってはじめて町の下宿に移るのである。従って、オックスフォードならば、ホームズがチャペルまで大学町の街路を歩いて行く途中で犬に噛まれるという事件は三年目にならなければ起きないのだ。*もっとも、「ある朝、チャペルへ行く途中」の「朝」がワトソンの間違いであって、ホームズが随意の夕べの礼拝に出るほど信心家だったと仮定するならば別であるが、これは彼の性癖からはまずあり得ないことだ。

(訳注) このブルテリアの一件が「決定的に重要」だというのだが、その肝心のところが分からないので困る。「三年目にならなければ起きないのだ」までで終わっていて「もっとも」以下の但し書き(英語ではunless以下)がなければ、話が通っている。

At Oxford, therefore, the biting of Holmes while on his way to chapel through the streets of the town could not possibly have occurred before his third year――unless, indeed, we are to suppose that the word "morning" is a slip of Watson's , and that Holmes was so piously minded as to attend voluntary evening chapels, which from his habits of mind and thought appears unlikely.

  カレッジ内に犬は入れることができないから、外の下宿からカレッジ内のチャペルまで街路を歩いてくる途中で噛まれたに違いない――ここまではよく分かる。グロリア・スコットの本文に"a slip of Watson's"があったとするとどうして話が別になるのか? これは、次の『グロリア・スコット』の本文のmorningをeveningに変えるということだが。

Trevor was the only man I knew, and that only through the accident of his bull terrier freezing on to my ankle one morning as I went down to chapel.

 朝と夕べでは別の場所で礼拝を行ったのだろうか? そもそもchapelという単語は「礼拝堂」とそこで行われる「礼拝」の両方を意味するのだと思うが? 朝のチャペルと夕べのチャペルではどこがどう違うのだろう? どなたか分かる人はお教え下さい。

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