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2006年5月15日 (月)

オックスフォードかケンブリッジか(4)

 正典で大学が出てくるのは5作品であるが、これは三つのグループに分けることができる。
(1)『グロリア・スコット』『マスグレーブ家の儀式』
(2)『スリークォーターの失踪』
(3)『三人の学生』『這う男』

(1)の2作品に出てくるのはホームズの母校だが、オックスフォードかケンブリッジかが分からない。(2)の大学はケンブリッジであるが、ホームズの母校かどうかが分からない。(3)の大学については、いずれの点も不明である。

 ロナルド・ノックスは、グロリア・スコット(1874年)とマスグレーブ家の儀式(1879年)の二つの事件から、オックスフォードのクライストチャーチ・カレッジではなかったかと推定するが、確証がないとも言う。

……more and more I incline to the opinion that he was up at the House. But we have no sure evidence.

大文字でthe Houseというのは単に「学生寮」という意味ではない。クライストチャーチ・カレッジのことをこう言うというのは英和辞典にも書いてあります。

Christ Church College, Oxford (University) オックスフォード大学クライストチャーチ・カレッジ
Trinity College, Cambridge (University) ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ

 などというのである。「総合大学だったかもしれない」とか「学生寮に住んでいたのではないか」とか、訳の分からんことを書く人がいては非常に迷惑である。

 英国の大学制度について少々解説が必要なようだ。インターネット百科事典ウィキペディアの「オックスフォード大学」と「ケンブリッジ大学」の項目がよくできているので、両方から大幅に借用する。(一部付け足したり改変したりします。悪しからず)

 オックスフォード大学は、イギリスのオックスフォードにある、英語圏では最古の大学で、創立は1117年とされる。
 ケンブリッジ大学は、ここから1209年に枝分かれしたものである。ふたつ合わせて、オックスブリッジという言い方もある。
 これら2校はイギリスで最も伝統のある大学であり、永年に渉り、互いに対抗意識を燃やしてきた。(だから、それぞれの大学の卒業生がシャーロック・ホームズを自校の出身者だと主張して、激しい論争になっている。英国紳士録Who's Whoのホームズの項目の筆者は、ケンブリッジ出身だったのだろう。)
 オックスフォード大学、ケンブリッジ大学という単独の大学は存在しない。三十以上の「カレッジ」の集合体をオックスフォード大学、ケンブリッジ大学という。
 カレッジは、「学寮」とも訳し、今日の日本の短大や単科大学が英語表記で college と称する場合とは全く異なっている。
 教師と学生が寝食を共にし、同じ建物に住み、共に学ぶという修道院形式が基本である。ホームズのころはもちろん教員も学生も男ばかりだった。19世紀の半ばまで、教員は英国国教会徒であること、生涯独身であることなどが義務付けられていた。その後の大学改革でこうした義務は緩和され、現在ではカレッジ内に実際に住んでいる教員は多くない。
 講義ではなく個別指導が中心の教育形態で、ことに学部生はカレッジごとに、1対1か5人ぐらいの少数のグループでの教育を受ける。個別指導を行う教員をチューターtutorという。講義は個別指導の補助的な位置づけである。
 ホームズについて、ノックスはHe lived in a College.と書いている。『三人の学生』でホームズに捜査を依頼した「聖ルカ・カレッジ」のチューターで講師のヒルトン・ソームズ氏は、カレッジ内の一室に住んでいて、そこでギリシャ語の試験問題を作っていた。
 オックスフォードとケンブリッジを比べると、現在のトニー・ブレア首相やサッチャー元首相など歴代首相はオックスフォード出身者が多く、ノーベル賞受賞者はケンブリッジ出身が多い。
 ケンブリッジが自然科学に強いというのはノックスの言うとおりで、同大学トリニティ・カレッジ出身のアイザック・ニュートン(1642-1727)以来の伝統である。
 ただ、19世紀末には自然科学の研究ではドイツの方がはるかに進んでいたようだ。ケンブリッジでもオックスフォードでも最も重んじられたのは、古典研究(ギリシャ語とラテン語)である。
 ノックスは、If he was an Oxford man, he was not a Greats' man.と書いているが、これはもちろん「貴族の出ではなかったであろう」なんて意味ではありません。ホームズ家は代々の田舎地主country squireだというのは分かり切っている。
 オックスフォードで古典語(ギリシャ語とラテン語)を中心とした卒業試験を受けて合格した人をa Greats' manという。当時はこれが一番偉いと思われていて、優秀な頭脳がこのコースに集まった。
 ロナルド・ノックス(1888-1957)自身も、父親が英国国教会の聖職者であったから、当然のごとくオックスフォード大学のこのコースに進み、1910年に優等で卒業して講師になった。講演「シャーロック・ホームズ文献の研究」を行ったのは1911年、23歳の時である。聞き手はオックスフォードの学生や教員ばかりだから、ラテン語でもギリシャ語でも訳を付けずにどんどん引用している。(どなたかギリシャ語の訳を教えてください。)
 この講演のときはまだ英国国教会に属していたが、1917年にカトリックに改宗し、その後大学礼拝堂付き司祭となって、その功績に対してMonsignorの称号を受けた。この講演の原文のページにMonsignor Ronald A. Knox  1911と書いてあるのはそのためである。(厳密にはアナクロニズムですね。)
 ノックスのことを「枢機卿となった」と書いている本があるが、間違いです。枢機卿にはなっていない。枢機卿とは、ローマ法王(正式には教皇)の選挙権・被選挙権を持つ最高位の聖職者で、この時代なら全世界で百人に満たなかったはずだ。(だから、「トスカ枢機卿の死」は大騒ぎになって、ローマからホームズに捜査依頼が来た。)同じように英国国教会からカトリックに改宗したニューマン枢機卿(1801-90)と混同しているのではないか。
 このニューマン枢機卿はJohn Henry Newmanという名前だった。ワトソンはこの人の名前をもらってJohn Henry Watsonと名付けられたという説もあるが、ドロシー・セイヤーズは「ドクター・ワトソンのクリスチャン・ネーム」でこれに反対している。

 なかなか話が進みません。続きはまた。 

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