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2006年5月 4日 (木)

鴎外・漱石・子規

……鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き申訳も無之、これも小子嗜好の下等なる故と只管慚愧致をり候。元来同人の作は僅かに二短編を見たるまでにて全体を窺ふ事かたく候得ども、当世の文人中にては先づ一角ある者と存じをり候ひし。試みに彼が作を評し候はんに結構を泰西に得、思想をその学問に得、行文は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚つて小子の目には一種沈鬱奇雅の特色あるやうに思はれ候。尤も人の嗜好は行き掛りの教育にて(仮令ひ文学中にても)種々なる者故己れは公平の批評と存候ても他人には極めて偏屈な議論に見ゆる者に候得ば、小生自身は洋書に心酔致候心持はなくとも大兄より見ればさやうに見ゆるも御尤もの事に御座候。……
…………
 時下炎暑のみぎり御道体精々御いとひ可被成候。拝具。
    八月三日                 平凸凹拝
 のぼるさま

 明治24(1891)年、夏目漱石から正岡子規に宛てた手紙である。二人とも25歳。漱石は9月に帝大英文科2年に進学する。子規は翌年帝国大学を退学し日本新聞社に入社する。
 鴎外の「二短編」とは、『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』のうちの二つである。舞姫が処女作で明治23年1月に発表。この三編をドイツ土産三部作という。――以上、岩波文庫和田茂樹氏の注による。

Souseki

(学生時代の漱石)

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