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2006年9月27日 (水)

高名な?依頼人(1)

「もう弊害はあるまいよ」
 というのがシャーロック・ホームズのそのときの意見だったが、私はこの十年ばかりの間に十回くらいも、これから話す事件を公表する許しを求めて、やっと承諾を得たわけなのである。こうしてようやく私は、ある意味では彼の生涯の最高の時期ともいうべきこの事件の発表を許されたのである。(延原謙訳)

 The Adventure of the Illusrious Clientの冒頭第一節である。
 これは1902年9月3日に始まった事件だった。この一編がアーサー・コナン・ドイル名義で発表されたのはストランド・マガジンの1925年2月3月号である。事件から20年以上を経てようやく公表が許されたのだ。
 これだけ配慮を払う必要があったのは、事件がド・メルヴィル将軍令嬢ヴァイオレットに関わるものだったこともある。しかし、それ以上に依頼人の問題が大きかったのである。

 事件がようやく終局を迎えたとき、馬車の紋章をちらりと見たワトソンが

Uk_royal_coat_of_arms_1_1

「依頼人の正体が分かったよ。依頼人は……」
 と一大ニュースを伝えようとすると、ホームズは手を挙げてそれを制した。
「忠実にして侠気ある紳士さ。いまはそれだけにしておこう。将来だってそれでたくさんじゃないか」
 
 1925年の時点でも、ワトソンは依頼人を名指ししていない。
 しかし、もう百年以上たっているのであるから、我々ははっきり書いても「もう弊害はあるまいよ」と思う。
 ホームズの時代から現代までのイギリスの王位はどうなっているかというと(括弧内は在位期間)

ヴィクトリア女王(1837-1901)
エドワード7世(1901-10)
ジョージ5世(1910-36)
エドワード8世(1936年1月-12月)(シンプソン夫人と結婚してウィンザー公になった人)
ジョージ6世(1936-1952)
エリザベス2世(1952-)

 ワトソンが見たライオンとユニコーンの紋章はエドワード7世のものだった。この人は1841年にヴィクトリア女王の長男として生まれ、皇太子時代が長かった。ずいぶん捌けた人で、だからこそ、こういう微妙な事件の依頼人となったのである。
 なかなか本題に入れません。続きはまた。

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