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2006年9月19日 (火)

柔道か柔術か(6)

 漱石は一種のプロレスを見せられて退屈したらしい。面白いはずがない。当時はまだプロレスのルール(無ルール)は発明されていない。アマチュア式にやったから、なかなか勝負が付かなかったのだ。
 12時までかかったというのは、3分間のラウンドを何十ラウンドもやったのでしょうね。当時はボクシングも15ラウンドの制限はなくて、勝負が付くまでやった。
「西洋の相撲なんて頗る間の抜けたものだよ」というほかない。
 しかし、日本人の柔道家がレスラーと戦うようになると、様相は一変した。寝技で関節を決めるというやり方を持ち込んだからである――というのは私の推測であるが、だいたい当たっていると思う。手間さえ厭わなければ検証できる仮説だと思う。
 漱石は「日本の柔術使と西洋の相撲取の勝負」だと聞いてわざわざ出掛けたのである。こういう客が多くて大入り満員になったのだろう。
「肝心の日本対英吉利の相撲はどう方がついたかというと、時間が遅れてやるひまがないというので、とうとうお流れになってしまった」というのは、ちょっと怪しい。初めから日本人は出る予定はなかったのだろう。「日本人出場!」と広告しておけば客が集まるからだろう。
 とすると、これ以前に、日本人の柔道家/柔術使がレスラーを相手に勝負して評判になった試合が(たぶん複数)あったはずだ――私が検証できるというのは、このことである。

 漱石が見た試合の結果は「翌日起きて新聞を見ると、夕十二時までかかった勝負がチャンとかいてあるには驚いた。こっちの新聞なんて物はエライ物だね」というのである。
 とすれば、それ以前の試合の記録もあるはずだ。「ジュージツという不思議な業を使う日本人が出場し、何ラウンドに何某からギブアップを奪った」というような記事があるに違いない。
 漱石が1901年12月に英国の下宿で取っていたのは何という新聞か? これは調べれば分かる。たとえばデイリー・テレグラフであるとすると、この新聞のバックナンバーを遡って調べるのですね。
 どなたか、漱石学者で格闘技にも興味があるという人がやってくれませんか? ブリティッシュ・ミュージアムに行って100年以上前の新聞のバックナンバーを調べれよろしい。何年の何月何日に日本人の柔道家誰々が何というレスラーと戦ったか、記録があるはずだ。
 講道館出身の柔道家が渡英していたに違いない。彼が自分の業を「柔術」と呼んでいたのは、ブラジルへ行ったコンデ・コマこと前田光世の場合と同じだろう。

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