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2006年9月26日 (火)

柔道か柔術か(7)--バリツの起源

 柔道/柔術が英国に伝わっていたことは、これまで見てきたとおりである。ホームズがこれを学んだことはほぼ確実だろう。問題は
(1)いつどこで誰から習ったのか?(2)なぜジュージツではなくバリツなのか? 
 である。
 
(1)については残念ながら現段階では不明である。
(2)について、一つ有力な手がかりを発見したのでご紹介する。
 半世紀以上前、1950年2月26日のサンデー・タイムズ紙に東京特派員リチャード・ヒューズ氏が書いた記事である。

 当時日本は連合国の占領下にあった。首相は吉田茂(1878-1967)である。訳文中、牧野伯爵とあるのは、牧野伸顕(1861-1949)である。牧野伸顕は大久保利通(1830-1878)の次男、吉田茂の岳父、吉田健一(1912-1977)の祖父である。文相、農相、外相、宮内大臣、内大臣を歴任し、記事でも触れているが二・二六事件で襲撃されたが難を逃れた。

Makino

BARITSU IN BAKER STREET  ベーカー街のバリツ
By Richard Hughes        リチャード・ヒューズ

 世界中のシャーロック・ホームズ・ファンは、ベーカーストリート・イレギュラーズの最初の東洋支部の誕生を聞いて興奮するだろう。このたび占領下の東京でイレギュラーズのバリツ支部が発足したのである。

 この日本支部には指導的な日本人のメンバーが含まれるので、ベイカー街の名探偵の頌徳が、平和条約の締結如何に関わらず、日本の国際社会への復帰の第一歩となることが期待される。
 故牧野伯爵は日本政界の元老であり、ベルサイユ講和会議には次席全権を務めた。14年前の今日(1936年2月26日)、陸軍が反乱を起こした事件では、危うく難を逃れ、最近バリツ支部の創立者の一人となったのである。故伯爵はホームズとワトソンの記録に造詣が深かった。令孫の吉田健一氏は現首相の子息でもあるが、ケンブリッジの卒業生であり、バリツ支部の会員となっている。吉田氏によれば、故伯爵は最近の西洋探偵小説には我慢がならんともらされ、もっぱらホームズ譚の再読で無聊を慰めておられたよしである。
 伯爵は昨年物故されたが、病床にあってバリツ支部発会式のために論文を執筆しておられた。これはホームズ研究者ならば誰もが疑問に思う「バリツ」の語(東京支部の名称もこれから取られたのである)の由来を明らかにするものであった。周知のようにホームズは『空き家の冒険』でこの語を用いたとされている。奇跡的な生還の理由をワトソンに説明する際に、モリーティ教授の魔手を逃れ得たのは「バリツ、すなわち日本式レスリングの心得」があったからだとホームズは言う。探偵はこの技を用いて大悪党をライヘンバッハの滝壺に投げ込んだのである。
 従来研究者はこのバリツの語を漠然と日本語の「柔術」の意味に取っていた。しかし、伯爵も指摘されるように、日本語には「バリツ」という単語はない。伯爵の論文では、ホームズ譚にこの語が現れたのは、例によって記録者ワトソンの聞き間違いである、という説が提示されている。
「ホームズが実際になんと言ったかを考えてみる必要がある」と伯爵は書いておられる。ホームズの言葉は「僕は日本式レスリングを含むブジツ*の心得がある」だったというのである。ブジツ(武術)とは軍事技術を指す日本語であり、柔術のほかに弓術、剣術、槍術、投げ槍術*、築城術、砲術(大砲、鉄砲、短筒)を含んでいる。
 

武術家としてのホームズ
「シャーロック・ホームズがこのいずれにも通暁していたことはよく知られている。彼は拳銃を用いて部屋の壁を愛国的な頭文字で飾ることを好んだ。空気銃の知識はセバスチャン・モラン大佐に勝るとも劣らなかった。またホームズが投げ槍術に熟達していたことは『ブラック・ピーター』からも窺うことができる。彼はアラダイス肉店の奥で天井からぶら下がった豚肉の塊を銛で突き刺そうとしたのである。また彼が『木刀術*を少々心得ている』ことも我々は知っている。初期の冒険で中世城郭の壕や櫓や跳ね橋などに遭遇したことから築城術の研究に向かったであろうことも容易に想像できる」
 牧野伯爵は結論として「これらの諸芸が一つの総合的な武術に統合されているのは日本においてのみである。西洋人でこれらすべてに秀でていたのはシャーロック・ホームズのみである。今日このベーカーストリート・イレギュラーズ東京支部の名称として『武術』を用いることができるのは、我々日本人にとって大きな喜びである。武術なかりせば、西洋人と東洋人にとって等しく英雄である人物とその後期の冒険の数々もまたなかったのである」と述べている。

東と西
 バリツ支部のそのほかの会員には、日本の指導的な探偵小説作家である江戸川乱歩氏、故東条英機将軍の弁護人であったジョージ・F・ブルーイット氏、シカゴ・トリビューン紙特派員ウォルター・シモンズ氏、それに不肖本特派員がいる。

Ranpo

 シャーロック・ホームズは96歳を迎えた今もなお壮健であり、サセックスで蜜蜂の巣に囲まれて隠棲生活を送っているが、ホームズこそ、人種や政治的信条にかかわらず東と西の和解を導いたのである。現下の国際情勢を観察する者がはなはだ遺憾とするのは、今なおベイカーストリート・イレギュラーズのモスクワ支部がないことであり、ヨシフ・スターリン氏がシャーロック・ホームズの冒険を読むことを頑として拒んでいることである。

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*ブジツ(訳注) bujitsu。柔術はジュージツ、武術はブジツが旧式の発音であって、英語にはこちらの方が伝わっているらしい。

*投げ槍術(訳注) 日本では投げ槍が武器として用いられたことはない。牧野伸顕の論文の原稿が残っていないので確定的なことは言えないが、記者の聞き間違いだろう。ヒューズ氏はローマ帝国時代に広く用いられた投げ槍pilumのような武器が日本にもあったと想像したのであろう。

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*木刀術(訳注) ホームズは『高貴な依頼人』で"I'm a bit of a single-stick expert."と言っている。これは従来は棒術と訳されているが、少々違うようだ。日本語の「棒術」はふつう六尺棒を使う武術である。single-stickは日本式に言えば「鍔の付いた木刀」であって、サーベルのような「斬る刀」の練習用に用いられた。辞書でsinglestickを引くと「かご柄のフェンシング用の木刀」とある。かご柄というのは、写真のようなものらしい。これなら小手は完全に保護できるけれど、防具も着けないで木刀で叩き合うのだろうか? どうも変なものですね。

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