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2006年10月 6日 (金)

高名な?依頼人(3)

 1902年の事件の依頼人は英国国王エドワード7世陛下であったが、ワトソンは憚って名指ししていない。事件名もThe Illustrious Clientとしたのであるが、これを『高名な依頼人』と訳すのは、何だか変だと思いませんか? 「高名な」という言葉はこういう場合に使うものだろうか。

 たとえば、192X年の帝都東京、明智探偵事務所の前に止まった自動車についている御紋章を見て

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「明智先生、依頼人の正体が分かりましたよ。依頼人は……」
「小林君、それは言わないでおこう」

 というような対話があったとして、江戸川乱歩先生がこの事件を『高名な依頼人』という題で発表するだろうか。
 陛下や殿下のことを「高名な」などと言うか?
 高名というのは有名と似ているけれど、どう違うか? (筑摩文庫版ホームズは『有名な依頼人』という題になっている。)

(1)平山郁夫氏は高名な日本画家である。
(2)*北島三郎氏は高名な演歌歌手である。

 (1)はよろしい。(2)は日本語の間違いでしょうね。北島さんは有名だけれど高名とは言えない。平山さんのように文化勲章をもらう位じゃなければ駄目だ。紫綬褒章くらいでは不足でしょう。
 高名=有名+偉いということらしい。
 陛下や殿下なら物凄く有名で物凄く偉いから高名と言ってよいかというと、それはちょっと変だ。「高貴」ではあるが、高名はおかしい。あるいは「畏れおおい」「かしこい」などの形容詞を使うべきでしょう。
 戦前は、ラジオで皇室のことを報じるには、アナウンサーが荘重な口調で「かしこきあたりにおかせられましては……」と言ったそうだ(母に聞きました)。「かしこし」は漢字では「畏し」と書くことが多いが、「賢し」と書いても別に構わない。宮中に「賢所」というのがある。「おそれ多くもったいない所」である。

 ここまではあくまで日本語の問題です。
 次は翻訳の問題。ワトソンが英語でillustriousと書いているから、辞書で引いてみると確かに「高名な」という訳語がある。それで皆さん『高名な依頼人』とお訳しになったらしい。それくらいなら高校生でもできる。プロの翻訳家なら、もうちょっと考えなくっちゃ。 
 ワトソンは何故ここでillustriousという単語を使ったのか? その辺から考える必要があるでしょう。

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コメント

いつもながら的確な問題提起で、プロとアマの差を思い知らされます。illustriousにはたしかにfamous+admiredという意味があるのですね。日本語に直訳すると「高名な」あるいは「著名な」辺りでしょうか。今回のケースでは「高貴な」(noble)とでもしておけばよかったでしょうか。何と言っても最後の場面で読者に「あっ」と言わせなければなりませんから、依頼人が王室の一員であることを匂わせる「畏れおおい」あるいは「かしこき」を題名で使ったら興醒めというものでしょう。

投稿: 土屋朋之 | 2006年10月 9日 (月) 19時38分

前のコメントは、文末が「しょうか」「しょう」ばかりのひどい日本語でした。送信する前にきちんと読み返すべきでした。お詫びします。それにしても、「192X年の帝都東京、明智探偵事務所の前に止まった自動車についている御紋章を見て」などという表現がもし存在したら、当時としては危険極まりないものだったのでしょうね。そもそも出版されていないかな。

投稿: 土屋朋之 | 2006年10月 9日 (月) 20時06分

いつも丁寧なコメントをいただき、励みになります。そうなんですよね、あっと言わせなくてはならなくて、ワトソン博士が苦心している。わざと不的確な英語を使ったのだというあたりをうまく分析してみたいのですが、なかなか難しい。

投稿: 三十郎 | 2006年10月 9日 (月) 21時24分

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