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2006年10月18日 (水)

高名な?依頼人(5)

 そもそもillustriousという英語はどういう意味なのか? OEDを見てみよう。

illustrious, a.
1.Lighted up, having lustre or brilliancy; luminous, shining, bright, lustrous. Obs.

2. Clearly manifest, evident, or obvious. Obs.

要するに「明るい」というのが原義である。次に「明白だ」という意味がある。しかしこの二つはもうobsoleteである。今ではほとんど使われない。

3. Possessing lustre by reason of high birth or rank, noble or lofty action or qualities; distinguished, eminent; renowned, famous.

 この3.が現在の意味である。どうも「生まれがよい」とか「身分が高い」とかいうのが基本的な意味らしい。distinguished以下4語はあくまで言い換えであって、定義ではない。illustriousの代わりにたとえばfamousを使っても差し支えない場合があるが、illustrious=famousということではありません。

 リーダーズ+プラス英和辞典では
illustrious
_a 傑出した, 秀抜な, 高名な, 著名な; 輝かしい, はなばなしい〈功績など〉; 《古》 光り輝く, 明るい; 《古》 明らかな.

 定義が不備だと苦情を言うのは筋違いでしょう。この辞書は英文を読むときに当方が知りたいことが痒いところに手が届くみたいに書いてある。誰だったか「僕が王様ならこの辞書の編者に勲章をあげる」と言った人がいるけれど、賛成ですね。ふつうの単語については、ほかの辞書と照らし合わせるなど、使う方が気をつければいいのだ。

 斎藤秀三郎の和英大辞典(初版1928年)で「有名」を引いてみると

ゆうめい〔有名〕〈形〉Noted, famed, famous, renowned, celebrated, well-known (for something):(注意すべきの意味を兼ねれば)notable:(貴きの意味を兼ねれば)illustrious:(譬になっているの意味に兼ねれば)proverbial:(悪しき意味にて有名なるは)notorious 

 さすがに斎藤先生だ。illustrious=有名+貴き とずばり指摘している。もう一つillustriousの例を正典からあげておくと

  When our illustrious visitors had departed Holmes lit his pipe in silence and sat for some time lost in the deepest thought.

 このour illustrious visitorsというのは、首相のベリンジャー卿と外相(ワトソンは欧州問題相と書いている)のトレローニー・ホープ氏だった。『第二の汚点』の事件。

 illustriousという単語に「高名」という訳語を当ててピッタリ来る場合は少ないのだ。
 それでは逆に「高名」という日本語をillustriousという英語に訳すことはできるだろうか?

平山郁夫氏は高名な画家である。
?(1) Mr. Ikuo Hirayama is an illustrious painter.
(2) Mr.Ikuo Hirayama is a famous painter.

(2)は問題ない。famousの代わりに斎藤和英大辞典があげている別の単語を当ててもよい。しかし(1)は疑問だと私は思う。
"famous painter"と"illustrious painter"という単語の組み合わせはどれくらいの頻度で使われるか? これはそれぞれのフレーズをGoogleの検索窓に打ち込んでみれば分かる。
"famous painter"と入力すると、このフレーズは23万8千件ほど使われていることが分かる。ごくふつうの英語である。
"illustrious painter"は、わずか710件しかない。珍しい言い方なのだ。トップに来たサイトを見てみると、

Da Vinci is remembered mostly as an illustrious painter.

  レオナルド・ダ・ヴィンチならillustriousという形容詞を使う値打ちがあるだろう。しかし平山画伯程度では不足だと思う。ただ、これはあくまで私の評価である。「いや平山画伯はillustriousだ」と言い張る人もいるだろう。
illustriousの意味は
(1)有名+貴き、一語で言うなら「高貴な
(2)高貴でない場合は、単に高名/有名ではなく、「超高名/超有名
 ということだと思う。
   高貴が基本だから、たとえば"illustrious servant"という組み合わせはないだろう。ところが調べてみると327件ありました。たいていはillustrious servant of Godという形であって、モーゼ、ルター、イグナティウス・ロヨラなどを指す。ものすごく偉い「神の僕」である。
 illustriousと絶対に組み合わせられない名詞は何か? 色々フレーズ検索を試してみると"illustrious beggar"はさすがに0件でした。

  しかし、エドワード7世陛下と「嫁入り前の若い娘(伯爵の婚約者ではあるけれど)」とでは差がありすぎないか? どちらもillustrious clientだというのでは、ちょっと言葉の使い方が大まかすぎないか。 
 実はもっぱら陛下や殿下に使う形容詞があるのだ。augustである。正典では2回使われている。

(3)The august person who employs me wishes his agent to be unknown to you, and I may confess at once that the title by which I have just called myself is not exactly my own.

(4)He said no more, but I fancy that I could guess at that lady's august name, and I have little doubt that the emerald pin will forever recall to my friend's memory the adventure of the Bruce-Partington plans.

 (3)のaugust personは、カッセル・フェルシュタイン大公にしてボヘミア国歴代の王であるヴィルヘルム・ゴッツライヒ・ジギスモンド・フォン・オルムシュタイン陛下のことである。陛下はフォン・クラム伯爵に化けているから、自分のことをaugust personと呼んでいる。
(4)の『ブルース・パーティントン設計書』では、事件が解決してしばらくしてから、ホームズはどうやらウィンザー城で一日を過ごしたらしい。帰ってきたときはエメラルドのタイピンを着けていた。さるやんごとないレディから頂いたのだという。

Queen_victoria_bw_1

そのレディのaugust nameはワトソンにも見当がつくというのである。この名前、Victoria Reginaの頭文字をホームズは拳銃で壁に描いたこともある。
 
  このaugustという単語はだいたい「かしこし」に当たるのでしょう。首相にillustriousは使えるがaugustは使えない。
『高貴な依頼人』も本来ならThe Adventure of the August Clientとするべきところだ。しかしそれでは依頼人の正体を明かすことになるから、わざと一格下のillustriousを使ったのだ。この事件の締めくくりではsufficiently illustriousの使い方が絶妙である。

Sherlock Holmes was threatened with a prosecution for burglary, but when an object is good and a client is sufficiently illustrious, even the rigid British law becomes human and elastic. My friend has not yet stood in the dock.

シャーロック・ホームズは家宅侵入罪で告訴すると脅かされたが、目的が正しく依頼人がある程度高貴な人である場合は、峻厳な英国法も人間味と弾力性を発揮するようである。我が友はいまだに被告人席につかずに済んでいる。

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