« コナン・ドイル伝(3) | トップページ | コナン・ドイル伝(5) »

2006年11月12日 (日)

コナン・ドイル伝(4)

 エディンバラ大学の最終学年にドイルは一人の学生と知己になった。彼が作家になるにはこの男の影響が大きかったのである。これはジョージ・バッドという学生だった。バッドは大学ではスポーツマンとして知られ、ラグビーの選手だった。当時もっとも俊足果敢なフォワードの一人だったが、試合では興奮して狂暴になるのでスコットランド代表には選ばれなかったのである。バッドは身長5フィート9インチで肩幅が広く胸が盛り上がっていた。いつも足早にぎくしゃくと歩いていた。体格はよいが顔は恐ろしく醜く、針金みたいな黄色い剛毛が角張った頭と鼻の下から突き立ち、顎はブルドッグのようだった。張り出した額の下に深く窪んで充血したライトブルーの小さな寄り目が陽気な光を放っていたが、ときにはこれが凶悪な憎悪にきらめくこともあった。鼻は赤く大きく、黄色い頑丈な乱杭歯で、色も肌理も樅の樹皮のような首にはカラーをつけずネクタイも結んでいなかった。話しぶりも笑い声も雄牛が吠えるようだった。このような外見だけでなく、性格も特異だった。バッドは半ば天才、半ば狂人であり、ペテン師の気味のある天才、いくぶんかは正気の狂人と言ってよかった。勉強などしているようには見えなかったが、本にかじりついているガリ勉連中から解剖学の優等賞をさらった。どんな話題が出ても、彼はすぐに熱中してしゃべり立てた。驚くべき理論を繰り広げ奇想天外なアイデアを出して聞き手を夢中にさせ興奮で喘がせておいて、突然その話は打ち切ってしまう。そして別の話題を取り上げて同じことを繰り返すのだった。あるとき魚雷の話が出た。「なに魚雷だと?」彼はすぐさま鉛筆を取り出して船の魚雷防御網を突き破る方法をスケッチし始めるのだった。すぐにこの新しいアイデアに没頭し、彼の熱狂は聞いている者にうつった。実用にはこれこれの不都合があるのではないかと指摘する者があっても、すぐにうまい方法を考え出して一蹴してしまう。どんな難問にも答えることができた。問題を片付けてしまうと得意そうに哄笑し、次の話題に移った。「エジプト人はどうやってピラミッドの天辺に石を運んだかだって? そんなことは簡単だ」。説明を聞いていると、まるで一生かけて研究してきたみたいだった。バッドはいろいろと金儲けの目論見を持っていて、次々に新しい発明を思いつき、その一つ一つを種にこうすれば大儲けできるぞと言うのだった。彼は部屋の中を歩き回りながら自分の工夫を説明した。これは何々に一大革新をもたらすぞ。特許を取るんだ。もちろんドイル、お前をパートナーにしてやる。世界中の文明国がこの発明が採用する。用途ならいくらでもある。特許料がごっそり入るぞ。問題はその金の投資だ。うまくやれば百万長者もうらやむ大金を稼いでゆうゆうと引退できるぞ。一席が終わると、魔法の絨毯に乗って空中を漂っていたドイルは、カークの『生理学』を脇に抱えて無一文のまま、とぼとぼと家路につくのだった。
 バッドは一種の傑物だった。しかしとてつもなく凶暴で、愉快そうに笑っているかと思うと突然怒り狂うことがあった。彼は馬鹿騒ぎが大好きだったが、上機嫌で始まっても病院のベッドで終わりかねないから、誰もその馬鹿騒ぎに二度と付き合おうとはしなかった。彼は気が向けば権威を支持したが、気が変われば嘲笑した。あるとき、ロンドンから来た著名な医学者の講演の最中に、前列の学生の一人がふざけたヤジを飛ばし続けた。学者がお静かに願いたいと言うと、バッドが叫んだ。「おい、そこの前のやつ、黙れ」。学生はそれなら黙らせてみろと応じた。得たり賢しと、バッドはインク壺の並ぶ机の上を伝い歩いて行って、学生のそばに着地した。学生はすぐさまバッドの顔にパンチを食らわしたが、バッドは相手の喉をつかんで後ろ向きに教室から押し出してしまった。そして「石炭を一トンぶちまけたような音がした」。目の回りに黒あざを付けて戻ってきたバッドは300人の学生の喝采を受けた。このように称賛に値する行動もあったのだが、ときには別の側面が現れた。バッドは大酒飲みではなかったが、少量のアルコールですぐに酔いが回って、相手構わず喧嘩をふっかけたり人を集めて演説を始めたり公衆の面前で道化を演じたりした。もう一つ奇妙なことがあった。酒に酔っても横に逸れないで真っ直ぐに歩いたり走ったりできるのだが、いつの間にか無意識に向きを変えてもと来た道を戻り始める癖があったのだ。ある晩、傍目には素面に見えるが酔っぱらったバッドは、駅に行って切符売場の駅員にロンドンまでは何マイルありますかと丁重に尋ねた。駅員が答えようと窓口に顔を寄せると、バッドが拳骨でその鼻を殴りつけた。悲鳴を聞いて警官が駆けつけ、バッドはプリンシズ・ストリートを全力疾走し、そのあとを駅員や警官が追跡することになった。追手はすぐに引き離され、一息入れて作戦を練り直すことにした。ところが彼らが仰天するような事態が起こった。犯人が駆け戻ってきたのである。スピードは少しも衰えていない。もちろんこれはアルコールの作用で、バッドは自分が向きを変えたことに気づかずに走っているのだった。追手は彼を転ばせて上に折り重なり、激しい組み打ちの末にようやく警察署に引き立てた。翌朝バッドは治安判事の前に引き出されたが、被告人席から見事な弁明を行い、軽微な罰金を申し渡された。そのあとで彼は警官と証人全員を近くのパブに招き、ウイスキーを振舞って前日の活劇を振り返った。
 バッドは女性関係でも同じように無鉄砲だった。あるとき、彼は一人の女性の名誉を危うくするか自分の身体を毀傷するかの二者択一を迫られた。一瞬も躊躇せず後者を選んだバッドは、4階の窓から外に飛び出した。このときは幸い月桂樹の茂みが落下の衝撃を和らげてくれたし、地面も柔らかかった。彼の結婚も慌ただしかった。未成年の少女と恋に落ち、彼女の家庭教師を部屋に閉じこめておいて自分は髪の毛を黒く染め、この少女と駆け落ちしたのである。二人はブラッドショーの時刻表を調べて一番辺鄙そうな村を選び、この村の宿屋でハネムーンを過ごした。降って沸いたように男女二人が現れて男の方は髪の毛が黄と黒のまだらなのだから(染髪剤が効かない箇所があったのだ)、村人たちはその後何年も話の種にしたに違いない。ピカデリー・サーカスにでも隠れた方が目立たなかったのだ。ドイルによれば「これでバッドにもう一つ特異なところが加わった。ある角度で太陽光線が当たると彼の髪の毛は虹色にきらめいた」のである。二人は長い休暇を過ごしてからエディンバラに戻ってきて、食料品店の2階に狭い4部屋を借りた。家具はほとんどなかった。このあとすぐバッドは通りでドイルに会い、背中をどやしつけてから一部始終を語り、家内に紹介すると言った。家内なる者は、小柄でおずおずとしておとなしそうな、かわいらしい顔の、小声で話す少女であった。なかなか感じのよい奥さんだったが、ドイルの見るところ夫を崇め奉っていて完全にその支配下にあるようだった。夫婦の住まいは台所と居間と寝室のほかにもう一部屋あったが、バッドはこの部屋が病原菌の巣窟だと思いこんだらしく、鍵をかけた上にドアの隙間を完全に目張りしていた。しかしドイルは、バッドがそんな妄想に取り憑かれたのは一階の食料品店のチーズの臭いのために違いないと考えた。
  ドイルは二人をしばしば訪ねるようになった。客は彼だけだった。居間には椅子が二脚しかなかったので彼は『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』を積んだ上に坐り、アップル・ダンプリングを三人で分けて食べ、バッドが部屋の中を歩き回り身振り手振りして大声でしゃべりまくるのに聞き入った。「三人とも若さにあふれ希望に燃えていたから、坐るところや食べるものなど気にしなかった。私は今でも、あのがらんとしたチーズ臭い部屋で過ごした気儘な晩を、これまでで一番幸せだったときのうちに数えている」。ドイルの単純で率直で謙虚な性格、堅実な分別と良識は、バッドを落ち着かせる効果があった。『這う男』に、ワトソンがホームズにとって自分はこれこれの価値があるのだと読者に説明する一節があるが、これはドイルが自分の中の何がバッドを引きつけたのかを無意識に回想しているのである。「私はホームズの頭脳を研ぐ砥石であり、彼に刺激を与えた。彼は私の前で声に出して考えるのを好んだ。私を相手に話す必要があったわけではない。代わりに自分のベッドに向けて話しても同じことだっただろう。それでも、いったん習慣になってしまうと、私が聞いていて相槌を打ったりするのが役に立った。私はどうも頭の働きが鈍いところがあって彼を苛立たせたが、この苛々が彼の炎のような直感と思考を刺激して一層鮮やかに燃え上がらせたのである。これが二人の関係における私のささやかな役割だった」。二人の関係ではバッドの方がはるかに華々しい役割だったことは明らかである。彼の機知縦横で爆発的な性格、即興の才、創意工夫、話題の広さ、べらぼうな言動、道化ぶり、そして派手な性格に不可分の喜劇性、さらには陰険で悪意に満ちたところまでもが、ドイルにはたまらない魅力だった。いつまでも稚気が抜けないドイルは、とにかく突飛なもの、不思議なもの、異様なものが大好きだったのである。「彼は実に頭の回転が速くて途方もないことを思いつくので、私の方もいつの間にかふだんの軌道を外れていて、自分の頭が活発に働いているのに驚くのだった。自分は何と創意工夫に富むのかとうれしくなったが、何のことはない、私は鷲の肩に捕まって飛ぶ小鳥だったのだ」。バッドの奇怪な性格はドイルの感じやすい心を大いに刺激し、影響の跡は作品の至る所に残っている。登場する教授たちにはモデルがあるが、彼らに生命を与えているのはバッドである。二人の付き合いをほとんどそのまま書いた箇所もある。小説の多くはバッドが霊感の源泉だった。ホームズのエネルギーはバッドのものであり、ジェラールの大言壮語も、モリアーティの悪も、ロイロットの暴力も、マラコットの狂熱も、みなバッドの性質だった。途方もない事件や登場人物を描くとき、ドイルはバッドからヒントを得ている。チャレンジャー教授を創り出したとき、彼はバッドに取り憑かれていた。教授は敵の魚雷を逸らす新装置や空中窒素固定の経済的な方法などについて述べ立てるが、これらは元来バッドのアイデアだった。チャレンジャーは「彼の相手をしていると気の休まる暇もないが、退屈しないことだけは確かだ。何しろ気分次第でいつ何をしでかすか分からないのだから」という人物であるが、これはそのままバッドの性格である。チャレンジャーは、『霧の国』ではペテンを暴いてやろうと降霊会に参加する。すると霊媒が「このなかでバッドワースという名前の友だちに借りがある人はいませんか?」と尋ねる。「バッドワース」はバッドと「カリングワース」の合成である。ドイルは『スターク・マンローの手紙』でバッドにこの仮名を付け、自伝でも仮名のままにした。『霧の国』では語り手がこう答える。「いいえ、バッドワースという名前の友だちには、誰も借りはありません」。何気ないこの問答の意味は、ドイル自身にも分かっていなかったのである。物語作家として自分がどれほどバッドに「借りがある」かを、彼は知らなかった。彼の「借り」については、後に詳しく語ろう。

Get_out

|

« コナン・ドイル伝(3) | トップページ | コナン・ドイル伝(5) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/4155374

この記事へのトラックバック一覧です: コナン・ドイル伝(4):

« コナン・ドイル伝(3) | トップページ | コナン・ドイル伝(5) »