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2006年11月24日 (金)

正典の61編目?

昨日の答え。
 The Man Who Was Wantedという作品です。全文(英語)はこちら
 ホームズの正典は御存じのように長短合わせて60編ですが、一時はこれが61編目として扱われていた。つまりコナン・ドイルの作品とされていた。
 1952年月曜書房から刊行された「シャーロック・ホームズ全集第13巻」(延原謙訳)には、這う男、獅子の鬣、覆面の下宿人、ショスコム荘、隠居絵具師とともに本編が『求むる男』として収録されていた。
 しかし、現在では、ワトソン/ドイルによるものではない、正典ではなく外典であるということになっている。

 1943年、コナン・ドイル伝を書くために調査していたヘスキス・ピアソンは、The Man Who Was Wantedという標題のホームズの短編を発見した。タイプで打ったものである。ドイルの原稿はすべて手書きだったが、秘書にタイプで清書させたと考えればおかしくない。ピアソンはこの原稿の内容を慎重に検討し、ドイルが書いたものだと判断した。
 伝記では次のように書いている。

「……この主人公をかくも長きにわたって維持することができたのは、また読者も最近のホームズ譚が初期作品に比べて遜色がないと見てくれているのは、私が無理に話を作りはしなかったからである」とドイルは書いている。この主張の裏付けとしては、私が彼の書類の調査中に発見したホームズ短編の完成稿をあげればよいだろう。未発表のこの原稿はThe Man Who Was Wantedと題されている。確かに全体として水準には達していないが、冒頭の部分だけはドイルの名に恥じぬものであり、引用に値すると思う。
(以下、ピアソンは、書き出しの部分だけを、ただし拙訳部分よりもう少し長く引用する。)

 ヘスキス・ピアソンのコナン・ドイル伝が評判になると、この「ドイルの未発表原稿」を読みたいという要望が高まった。
 1948年、The Man Who Was Wantedはアメリカのコスモポリタン誌8月号に「長らく失われていたシャーロック・ホームズ譚」として発表された。英国ではサンデイ・ディスパッチ誌49年1月号に掲載された。いずれもコナン・ドイルの作品としてである。

Wantedstory1_2

 ところが、アーサー・ウィテカーという人物が、実は自分が書いたものだと名乗り出た。彼はタイプ原稿のカーボンコピーとドイルからの「貴君のプロットを買い取りたい」という手紙を持っていた。
 どうやら、ウィテカーはこの作品を書き上げ、共作の形で出版したいと考えてドイルに送ったらしい。ドイルは共作を断り、代わりに10ギニーでプロットを買い取ると返事したものと見られる。
 エイドリアンとしては、いったんドイル名義で発表してしまったので、はじめはウィテカーの主張を認めるのを拒んでいたが、歴とした証拠があるのだから仕方がない。The Man Who Was WantedCanonではなくApocryphaに属するものと見なされるようになった。この間、エイドリアンとウィテカーの間にかなりゴタゴタがあったらしい。しかし1952年になっても日本でドイルの作品扱いしていたというのは、どうも解せないところである。
 ヘスキス・ピアソンのコナン・ドイル伝のペーパーバック(1987年版)には、The Man Who Was Wantedに触れた箇所に「ピアソンは現在ならばこうは書かなかったであろう」と脚注がついている。
 なかなかよくできたパスティッシュだと思う。私自身、ずっと昔に日本語で読んだような記憶がある。あれは延原謙訳だったのだろうか?
 英語版は無料で読めます。日本語で読みたい方は日暮雅通氏の訳『指名手配の男』が各務三郎編『ホームズ贋作展覧会』に収録されているはず。

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コメント

私も「求むる男」「指名手配の男」「ねらわれた男」の各タイトルでこの作品を読んでいます。小学生の頃は本当に61番目の作品だと思っていました(本の「解説」にそう書いてあったものですから)。パスティシュの短編集に収められた邦訳がもうひとつあったんですが、タイトルを失念しました。「何とかの金融業者」とかいう邦題でした。「何とか」=作品に登場する地名です。

投稿: 土屋朋之 | 2006年11月25日 (土) 18時51分

思い出しました。「シェフィールドの銀行家」というタイトルでした。

投稿: 土屋朋之 | 2006年11月25日 (土) 19時02分

そうですね。私も「シェフィールドの銀行家」に記憶がある。と思って手元にある本を調べたら、ペンギンのFurther Adventure of Sherlock Holmesにこの同じ「指名手配の男」が題だけThe Adventure of Sheffield Bankerになって出ていました。忘れていた。

投稿: 三十郎 | 2006年11月25日 (土) 19時59分

初めまして。
僕も小学生の頃は、「指名手配の男」は本当に「ホームズ幻の作品」が発見されたと思っていました。
その本の解説に「ラストの一部が欠けていたけど、それも見つかった。」みたいなことを書いていたなぁ。

投稿: Yuseum | 2006年12月 7日 (木) 12時50分

土屋さんもYuseumさんも私もはじめて読んだのは小学生のころのことで、それがもう何十年も前のことなのだ。恐ろしや。

投稿: 三十郎 | 2006年12月 7日 (木) 18時45分

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