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2006年11月15日 (水)

コナン・ドイル伝(8)

 ドイルはその晩ベッドに入ってから、バッドが医者としてどうやって成功したのかを説明せず、二人の共同事業のことは切り出しもしなかったことに気づいた。翌朝彼はバッドに起こされた。バッドはガウン姿で部屋に飛び込んできて、ベッドの足元の鉄枠をつかんでくるりと宙返りした。靴のかかとがドイルの枕に当たった。彼はまったく別の話題を切り出した。
「おい、ドイル、俺がこれから何をすると思う? 自分の新聞を持つんだ。俺とお前で週刊新聞を始めようぜ。フランスの政治家なら誰でもやっているように、自分の機関誌を持つんだ。俺たちに刃向かうやつがいたら、生まれてこなかった方がよかったと思わせてやる。え、どう思う? どうしても読みたくなる気の利いた記事と、ひりひりする痛烈な批評を載せるんだ。俺たちならできるだろう」
「どういう方針でやるんだ?」
「方針なんぞ、どうでもいい。ともかく何でもかでもやっつければいいんだ。新聞の名前はスコーピオンにしよう。市長も市議会もどんどんやっつける。全員集まって首吊りしなきゃならんようにしてやる。俺がぴりっとした記事を書く。お前は小説と詩を書け。ゆうべ考えたんだ。家内はもうマードックに印刷の見積りをさせている。来週の今日、創刊号を出そう」
「おい、バッド」ドイルは驚いた。
「お前、すぐに長編小説を書き始めろ。初めのうちはそんなに患者は来ないだろうから、時間は十分あるだろう」
「しかし俺は今まで長編なんて書いたことがないぜ」
「まともな人間なら誰でも、こうと思い立ったことはやれるはずだ。どんな能力でも自分の中にある。ただそれを発揮する意志さえあればいいのだ」
「お前自身はどうだ? 小説が書けるか」
「むろん書ける。読者が第1章を読んだら第2章が待ちきれなくて唸るような小説が書けるさ。次はどうなるのか知りたくて、みんな俺の部屋の外に詰めかけるさ。さあ、始めるぞ」
 もう一度宙返りすると、バッドは出て行った。
 バッドは言うことも態度も突拍子がなかったが、彼の警句にもドイルは驚かされた。たとえば「ナポレオン・ボナパルトの最大の記念碑は英国の国債である」とか「大英帝国から合衆国への主要な輸出品は合衆国である」などという警句を、ドイルはできればその場でノートに書きとめておきたいと思った。もっとも、彼はかなり記憶力がよかった。 
 朝食後、三人は馬車でバッドの仕事場に向かった。これは白塗りの四角い建物で、ドアには巨大な文字で「ドクター・バッド」と彫り込んだ真鍮板を貼り付け、その下に「10時から4時まで無料診察」と書いてあった。ホールは患者で一杯だった。
「ここには何人いる?」とバッドは聞いた。
「140人です、先生」とボーイが答えた。
「待合室は満員だな?」
「はい、先生」
「庭は満員だな?」
「はい、先生」
「馬小屋は満員だな?」
「はい、先生」
「馬車小屋は満員だな?」
「馬車小屋にはまだ空きがあります、先生」
「そうか、あいにく今日は大入りの日じゃないんだ。まあ、そういつも思い通りになるとは限らん。さあ、さあ、ちょっと道を空けろ」とバッドは患者に怒鳴った。「こっちへ来て俺の待合室を見てくれ。うーん、なんたる空気だ。お前ら窓も自分で開けられんのか。ドイル、この部屋には30人からの人間がいるのに、気が利かない奴ばかりだ。窒息したくなければ窓くらい開けたらいいじゃないか」
「開けようとしたのですが、窓枠にネジ釘が刺さっているんです、先生」と患者の一人が言った。
「お前さん、窓枠が動かないからって窓一つ開けられんようでは、とうてい出世はできんよ」とバッドは言って、男の手から傘をひったくるとガラスを2枚叩き割った。「こうやるんだ。おい、ボーイ、ネジ釘を抜いておけよ。さあ、ドイル、仕事に取りかかろうぜ」
 二人は最上階まで階段を登って行った。途中の部屋はどれも患者で満員だった。広い部屋に入った。家具はテーブルが一つと木の椅子が二脚だけで、テーブルの上には本が二冊と聴診器が一つ置いてある。
「これが俺の診察室だ。年に四千も五千も稼ぐようには見えんだろう。まったく同じ部屋が向こうにもう一つあるから、お前が使え。しかし、今日のところは一緒にいて俺のやり方を見学しろ」
「うん、そうする」とドイルは言った。
「さて、患者を扱うには、一つか二つ、絶対に守らねばならんルールがある」とバッドは言って、テーブルに腰掛けて足をぶらぶらさせた。「まず、これは分かり切ったことだが、患者に来てもらいたいなんてことは、絶対に悟らせてはいかん。診てやるのはあくまでこちらの好意ということだ。さんざん苦労してやっと診てもらえるから、それだけ有り難がるんだ。患者は初めに馴らしてしまえ。服従させろ。致命的な間違いは、患者に丁寧にすることだ。とかく若い医者はこの間違いで駄目になるのだ。いいか、俺のやり方を見ろ」彼は戸口に駆け寄って階下に向けて怒鳴った。「おい、下のやつら、ぺちゃくちゃとうるさいぞ。ここはニワトリ小屋か」患者たちは静まりかえった。「ほら、こうするんだ。これで尊敬される」
「腹を立てないだろうか?」
「立てないね。俺はこういう医者だともう定評ができている。だから、奴らもこれで当たり前だと思っている。それに、患者を怒らせてやる、徹底的に侮辱してやるのは、何よりも宣伝になるんだ。女の患者だったら友達にしゃべりまくるから、たちまちこちらの名前が知れわたる。友達は一応同情はしてみせるが、みんな内心では俺のことをよほど見立ての確かな医者だと思うんだ。これは男の患者だが、胆管のことで俺と喧嘩になった奴がいる。俺はこいつを階段から突き落としてやったね。で、どうなったと思う? そいつは俺のことを言い触らしたから、村中の老若男女が俺のところに押し寄せてきた。4半世紀も村にいて患者をおだてていた田舎医者は飯の食い上げになった。いいか、ドイル、これが人情の機微というものだ。安売りすればそれだけ安くふまれる。高値を付ければ額面通りに買ってくれる。俺が明日にでもハーレー街で開業するとする。立派な設備を整えて、診察時間は10時から3時までだ。患者が来ると思うか? 初めは食えんかも知れん。じゃ、どうすればいいか。俺なら、診察時間は真夜中から午前2時まで、禿頭の奴は倍額ということにするね。こうすれば絶対に話の種になる。好奇心を刺激するからだ。4ヶ月もすれば一晩中患者でごった返すようになるさ。要はあくまで自分流で行けということだ。これが俺の主義だ。朝ここへ来てから、今から田舎へ行くと言って患者を全部帰してしまうこともある。40ポンドからの収入を捨てるわけだが、宣伝としては400ポンドの価値があるんだ」
「しかし、表には診療は無料と書いてあったが」
「無料だよ。しかし薬代は払ってもらう。それに順番待ちがいやな患者は半クラウン払えば先に診てやる。何時間も待つよりは金を払うというのが毎日20人はいる。しかしドイル、間違えないで欲しいのは、実質が伴わなければ何にもならんということだ。俺は病気を治すことができる。これが大事な点だ。俺はほかの医者が見放した患者を引き受けてすぐに治してやる。あとはどうやってここに来させるかだけだ。いったん来れば俺の腕で引き止めておくことができる。医者としての腕がなければ、何をしたって一時限りだ。さあ、今度は家内の仕事を見てやってくれ」
 廊下の突き当たりでは、バッド夫人が楽しそうに調剤の仕事をしていた。
「世界一の薬剤師だ」とバッドは言って彼女の肩をたたいた。「やり方は分かるだろう、ドイル。俺がラベルに処方を書く。いくら取るかも秘密のしるしで書く。患者は廊下を歩いてきて窓口でラベルを出す。家内が調剤して薬を渡し料金を受け取る。さあ、それじゃ、患者を片付けようぜ」
 それからドイルは想像を絶する光景を目にすることになった。次々と患者が入ってきて、処方箋を受け取って出て行った。バッドの道化ぶりはまったく見物であった。彼はわめき、がなり、悪態をついた。患者をこづき、ひっぱたき、突っつき回し、壁に押しつけ、引っ張り込み、診察が済むと放り出した。ときどきは踊り場に出て、階下で待っている患者たちに怒鳴った。入ってきた患者に一言も口をきかせないこともあった。「シッ」と声をかけて黙らせておいて、胸を叩き心音を聴くと、すぐさまラベルに処方を書いて、ドアの外へ追い出すのだった。ある老女は診察室に入るやいなや「お茶の飲み過ぎ。あんたはお茶中毒だ」と怒鳴られてすくんでしまった。バッドは、びっくりして声も出ない老女の黒い外套をつかむとテーブルまで引きずってきて、テイラーの『法医学』を鼻先に突きつけた。「この本に手を置け」とバッドは怒鳴った。「14日間、ココアしか飲まないと誓いなさい」彼女は目を上げて誓いの言葉を述べると、すぐに薬局へ追いやられた。太った男が重々しく入ってきて症状を述べ立てようとすると、バッドは男のチョッキのアームホールをつかんで後ろ向きに廊下に押し出し、そのまま階段を降りて表に放り出した。そしてこう叫んで通行人をびっくりさせた。「あんたは食べ過ぎ、飲み過ぎ、眠り過ぎだ。巡査を一人殴り倒して、釈放されたら、またおいで」「気分が沈む」と訴える女には、薬を処方してからこう言った。「この薬が効かなければコルクを飲みなさい。沈むときはコルクに限るよ」
 一部始終を見ていたドイルは笑いすぎて気が変になるくらいだったが、バッドが診断にかけてはなかなかの腕前であり、相当な心理的洞察力を備えていることは認めざるを得なかった。もっともバッドの薬の処方は大胆を極めていて怖しいくらいだった。だいたい医者はみんな臆病すぎる、患者に毒を盛るのを怖がるようではだめだ、というのがバッドの考え方だった。そもそも医術とは程よく毒を盛ることであって「殺すか治すか」に帰着するというのである。多くの患者に対してバッドは持ち前の磁力を発揮した。彼の自信が患者に自信を与え、彼の活力が患者の活力を回復させた。彼は若い女の患者の両肩をつかんで、自分の鼻を相手の鼻から3インチのところまで近づけると、こう言うのだった。「明日の朝10時15分前になれば、気分がよくなってくるよ。10時20分には、今までで最高の気分になる。明日は朝からじっと時計を見ていなさい。私の言うとおりだと分かるからね」そして、こういう手がまずたいていの患者には効くのだった。
 一日の終わりに、バッドの稼ぎは32ポンド8シリング6ペンスになった。バッドはこの金をズックの袋にしまい込み、腕を伸ばして見せびらかすように袋を持ってじゃらじゃら鳴らしながら、妻とドイルをミサの侍者みたいに両脇に従えて通りを歩いて帰るのだった。ドイルは実にきまりが悪かった。
「俺はいつも医者が集まっている通りを歩くことにしている」とバッドは言った。「この辺がそうだ。奴ら、窓から見て俺が通り過ぎるまで歯ぎしりして地団駄踏むんだ」
 そんなことをするのは品がないし、むやみに敵意をあおるだけだとドイルは思ったから、そう言った。バッド夫人も同じ意見だった。バッドは「家内はほかの医者の細君連中がお茶に来てくれないのが不満なんだ」と答えた。彼は金の袋を揺すって見せた。「ねえ、お前、頭の悪い女どもが来て居間でぺちゃくちゃおしゃべりするより、こっちの方がずっといいじゃないか。ドイル、俺はね、大きなカードを一枚作らせてあるんだ。『私どもはこれ以上知人の輪を広げるつもりはございません』と書いてある。怪しい奴が来たらこのカードを見せるように、メイドに命令してある」
「金は金で大いに稼いでおいて、医者仲間とも仲良くやって行けばいいじゃないか」とドイルは言った。「お前の話を聞いていると、この二つは両立しないみたいに聞こえる」
「両立しないね。おい、はっきり言っていいぜ。俺のやり方は職業倫理に反すると言いたいのだろう。実際、俺は医者仲間の仁義なんて、はなから無視しているからね。今日お前が見た様子を医師会の連中に見せたら仰天するだろう」
「なぜ医者の不文律に逆らうんだ?」
「俺はカラクリを知っているからさ。おい、俺は医者の息子だぜ。この世界のことは内側から全部見て、裏の裏まで知っている。職業倫理なんて偉そうなことを言うのは、年寄りが仕事を独占するためだ。若い者を抑え込んで抜け駆けさせないためだ。親父がそう言うのを何度も聞いた。親父はブリストルでは一番流行る医者だったが、頭はてんで駄目だったね。うまくやったのは年功序列のためだ。割り込みはいけません、ちゃんと並びなさい、というわけだ。自分が先頭にいるのなら、これで大いに結構だ。しかし列の尻尾についているときはどうだ? 俺が最上段まで上ってしまえば、下を見下ろして『諸君、我々医師は厳格な職業倫理を守ろうではありませんか。お若い方々はゆっくりと上ってきていただきたい。私の安穏な地位を脅かさないでいただきたい』と言ってやる。もちろん、俺の言うことを聞くような奴がいたら、そいつはどうしようもない馬鹿だ。ドイル、どう思う?」
 ドイルは、その意見には全く賛成できないと言った。
「そうか、賛成できないのか。そんならそれで構わんがね、俺と一緒にやって行くつもりなら、職業倫理なんかドブに捨てろ」
「そんなことは出来ん」
「ふん、良心がとがめると言うのか。それじゃ、手を引いてもらおう。無理やり引き止めるわけにもいかんだろう」
 ドイルは黙っていたが、帰るとすぐに自分の部屋に行ってトランクに荷物を詰め始めた。その晩のうちにバーミンガムに帰るつもりだった。荷造りしている間にバッドが入ってきた。彼は平謝りに謝ってようやくドイルをなだめた。
 夕食のあとで奇妙な出来事があった。二人は奥の間で空気銃に鉄のダーツを込めて撃って遊んでいた。バッドがドイルに「半ペニー銅貨を指でつまんでかざしてくれないか。俺が撃ち落とすから」と言った。半ペニー銅貨がなかったので、バッドが青銅のメダルを取りだし、これをドイルがかざした。ポンと空気銃の音がして、メダルは落ちた。
「見事真ん中に命中したぞ」とバッドが言った。
「とんでもない」とドイルは答えた。「外れだよ」
「外れだって? ちゃんと当たったぞ」
「いいや、当たってないね」
「じゃあダーツはどこだ?」
「ここだ」とドイルは言って、血の出ている人差し指を見せた。ダーツが突き刺さっていた。
 バッドは仰天して、まことに済まなかったと大いに恐縮したので、ドイルも笑って済ませるほかはなかった。指に刺さったダーツを抜き、バッドも気を取り直したところで、ドイルはメダルを拾い上げてみた。メダルには「ジョージ・バッドの勇敢なる人命救助を称える。1879年1月」と彫り込んであった。
「おい、この話は聞いてないぞ」ドイルは言った。
「ああ、メダルのことか」バッドは答えた。「お前は持ってないのか。誰でも一つくらい貰っているものだと思ったが。お前は選り好みしたんだな。俺の場合は小さい男の子でね。その子を落とすには大汗をかいたよ」
「落とすとはどういうことだ? 引き上げたのだろう?」
「分かっとらんな。子供一人海から引き上げるくらい、誰にでも出来る。落とすのが難儀なんだ。まったく、メダルを貰うくらいの値打ちはあるね。もちろん証人だって揃えなくちゃならん。1日4シリング払った上に夕方にはビールを1クォートおごらせられた。その辺の子供を適当に掴まえてきて埠頭から放り込むわけにも行かんだろう。そんなことをしてみろ、親と揉めて大変なことになる。チャンスが来るまで辛抱強く待たなくちゃならんのだ。埠頭を行ったり来たりしているうちに扁桃腺炎にかかりそうになった。やっと見つけたのが、ぼんやりしたデブのガキでね。水際に坐って釣りをしていた。後から腰を蹴ってやったら、びっくりするぐらい遠くまで飛んだ。釣糸が俺の足に二重に絡みついて、引き上げるのに少々骨を折ったが、最後にはすべてうまく行った。何しろ証人はしっかりしていたからね。子供は次の日に礼に来て、腰に打撲傷があるほかはどこも悪くないと言った。両親は今でもクリスマスになると七面鳥を送ってくるよ」
 バッドは席を立った。煙草を取りに2階に上っていく途中で、彼が大声で笑うのが聞こえてきた。ドイルはじっとメダルを見つめた。これはダーツの的としてずいぶん使っているらしい。バッド夫人は「真に受けないで下さいね。あの人、いつも出任せばかり言うんですから」と言って、証拠として新聞の切り抜きをドイルに見せた。バッドが助けたのは氷が割れておぼれた子供で、危うく自分の命を落とすところだったのだ。
 ドイルは自分の仕事を始めたが、実りは多くなかった。彼は自分の名前を大きな文字で書いた表札を出し、バッドの向かいに自分の診察室を構えたが、ドイルのやり方は患者を引きつける刺激に欠けていた。はじめの3日間、彼は何もせずに診察室に坐っていた。廊下を隔てた向かいの診察室では、パートナーがふざけ散らして患者ともみ合い、踊り場に出てきて下で待っている患者に怒鳴っていた。4日目になって、退役した下士官が来て鼻の腫瘍を見せた。いつも粘土の短いパイプを使っていたので煙草の熱でできたものだった。ドイルは、その日は患者を家に帰しておいて、2日後にバッドの馬車に乗って手術に出かけた。これはドイルには初めての手術だったが、幸い患者の方はそんなことは知らなかった。びくびくしているのはドイルの方だった。しかし結果は大成功で、下士官は手術で鼻の形が上品になったと大喜びだった。その後はぼつぼつと患者が来るようになり、貧乏人ばかりが相手だったが収入は徐々に増えてきた。最初の週は1ポンド17シリング6ペンスだったが、第2週には2ポンドになり、第3週は2ポンド5シリング、第4週は2ポンド18シリングであった。
 
〔ドイルの母はバッドとの付き合いに反対で、「そんな下品な友だちとは即刻縁を切りなさい」という手紙を何度も寄越していた。これをバッド夫婦が盗み読みしていたため、二人の仲は険悪になってきた。ドイルは独立して開業する決心をした。しばらくの間毎週1ポンドずつ送金してやるというバッドの嘘を真に受けて、ドイルはポーツマスに出発した。資金は6ポンドしかなかった。――第3章終わり。〕

 訳文があるのはここまで。原書全188ページの47ページまで。
 ジョン・ディクスン・カーの『コナン・ドイル』は早川書房のハードカバーで568ページですが、本書なら全部訳してもページ数は半分に満たないでしょう。しかし、本書の方が内容ははるかに充実していて面白いと思う。
 ここまで読んでくると、友人ジョージ・バッドがいなければドイルは作家にならなかっただろう、ホームズもチャレンジャー教授もいなかっただろう、ということが分かります。
 そのバッドについて、ジョン・ディクスン・カーはどう書いているか。

 興行師的な経営法と、インチキ療法と、純粋な医学的手練を合わせ用いて、じっさいにバッドはサーカスじみた繁盛ぶりを見せていた。待合室にも、階段にも、前庭にも、馬車置き場にも、患者たちが、いっぱいつめかけ、彼はそれらの患者たちの上に君臨していた。彼は患者たちをどなりつけたり、ふつうどんな医者でも髪の毛を逆立てるような方式で薬品を処方したりしていた。一日の診療がすむと、彼は、その日に稼いだ金銀を入れた袋をぐっと前へ突き出すようにして持ちながら、繁華街をゆっくりと歩いて行った。そして、その両側には、彼の妻と共同者とが、司祭を補佐する侍僧のように、ついて行った。
「おれは医者どもがたくさん巣くっている当たりを通って行くことにきめているのだ」とバッドは説明した。「おれたちはいま、そういう地点を通過しているのだ。おれの姿が見えなくなるまで、奴らはみな窓にとりついて歯ぎしりして地団駄ふんでいるのだよ」
 それから数ヶ月にわたる狂想的行状を詳記するのは、この伝記の役目ではない。それはコナン・ドイル自身が『スターク・マンローの手紙』(The Stark Munro Letters)のなかでやっている。この本の内容は、少数の出来事をのぞけば、だいたい自伝的なものである。これを利用して書けば、わが文学史上でも最も見事な滑稽な場面を、幾ページにもわたってくりかえすにすぎないことになろう。だがその結末(『スターク・マンロー』だけでなく、そのとき書かれた手紙からたどりつかれる結末)は、少しも滑稽ではない。(早川書房版pp.69-70)

  1949年にこの伝記を書いたディクスン・カーは1943年のヘスキス・ピアソンによる伝記を批判しているのです。しかし、スターク・マンローの手紙を「くりかえすにすぎない」と言ってバッドの行状記を省いてしまったのはもったいない。ピアソンがスターク・マンローの手紙を利用していることは確かだけれど、独自の調査で多くの新発見をしています。半世紀以上前に書かれたものだから、アップデートすることは必要だけれど――しかし、この辺はまた稿を改めて。

 

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