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2006年11月23日 (木)

シャーロック・ホームズの事件簿から

Goodoldindex

 1895年の晩秋、私は幸運にもシャーロック・ホームズの極めて興味深い事件の一つに係わる機会を得た。このころ妻はしばらく体調がすぐれなかったので、同窓生だったケイト・ウィットニーと一緒にスイスで休養を取らせることにした。(ケイトの名は『唇のねじれた男』の標題で記録した事件との関連で読者の記憶にあると思う。)私は診療の規模が拡大して何カ月もの間懸命に働いていたから、自身休養を取る必要を大いに感じていた。しかし、アルプスへ行くほど長期間は休めそうにない。妻には自分も何とか一週間か十日ほど休みを取ると約束して、ようやくスイス行き(妻にはこれが是非とも必要だと私は考えた)に同意させたのである。このころ一番大切な患者の病勢が危機にあったが、八月も終わるころようやく峠を越え回復の兆しを示し始めた。どうやら代診の手に委ねても差し支えあるまいと思われたから、転地を兼ねて休養を取るとすればどこがよいか考え始めた。
 すぐに頭に浮かんだのは、旧友シャーロック・ホームズをたずねることであった。もう何カ月も会っていなかったのである。何か重要な事件を手がけているのでなければ、一緒に来るよう誘えばよい。
 こう決めてから半時間もたたぬうちに、私はベーカー街の懐かしい部屋の戸口に立っていた。
 ホームズはこちらに背を向けて長椅子に横になっていた。おなじみのガウンと古いブライアーのパイプは昔のままである。
「入り給え、ワトソン」向こう向きのまま声をあげた。「よく来てくれた。でも、どういう風の吹き回しだい?」
「相変わらず耳がいいね、ホームズ。僕はとうてい君の足音を聞き分けられんよ」
「僕だって聞き分けられないさ。ただ、あかりの暗い階段を二段ずつ上がってきたから、勝手知ったる下宿人かな、とは思った。それでもまだ断定はできなかったが、ドアの外のマットにつまずいた。三月ばかり前に置いたものだ。それでもう名乗ってもらわなくとも分かったのだ」

 何という作品でしょうか?

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