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2006年12月15日 (金)

柔道か柔術か(10) バーティツについて-3

(承前)ロンドンでは19世紀末から20世紀初頭にかけてステッキが護身用に実際に使われた。正典には1887年(明治20年)と1902年(明治35年)の事件を記録している。
 日本ではどうだったか? 明治9年(1876年)に廃刀令が出ると、士族は手持無沙汰で困るからステッキを持ち歩いた。
 私の祖父も(急に話が個人的になるが)、士族ではなく百姓の出だったが、若いころはステッキを持っていた。祖父は明治16年生まれで、高等師範を出て中学の教師になり校長になった。何でも先進国イギリスを手本にした時代だから、鼻の下に髭を蓄え、天長節や紀元節にはフロックコートを着たという。ステッキもハイカラ紳士の小道具の一つだったようだ。
 祖父は90歳で亡くなる直前まで杖など使わず元気に歩いていた。私が子供のころ、玄関の隅に「おじいちゃんのステッキ」が置いてあったが、使うのは見たことがない。ステッキ携行は若いころにやめてしまったらしい。竹製のごく軽いステッキで、護身用には役立ちそうにもなかった。祖父がステッキを振り回すところなど想像できない。

 ここからは仮説になるのだが、明治時代(明治45年=1912年)の日本では、ステッキを護身用に使うなんて、まれだったのではないか?
「護身用にステッキを使った」ことを示す文献は、ほとんどないと思う。(このあたり、ご存じの方はご教示下さい。)
「日本のシャーロック・ホームズ」である明智小五郎はステッキなど使わなかったが、これは時代が違う。昭和の人だ。
 漱石、鴎外、紅葉、露伴などにステッキで人を殴る場面が出てくるか?

『坊ちゃん』には喧嘩があった。あれは拳固を使ったのだ。それに生卵をぶつけるという奇手もありましたね。しかし、ステッキなんて物騒なものは出ない。
『吾輩は猫である』の苦沙弥先生は、たしかに一度ステッキを使ったことがある。

主人だけは大にむきになって「そんな馬鹿があるものか、あいつの娘なら碌な者でないに極ってらあ。初めて人のうちへ来ておれをやり込めに掛った奴だ。傲慢な奴だ」と独りでぷんぷんする。するとまた垣根のそばで三四人が「ワハハハハハ」と云う声がする。一人が「高慢ちきな唐変木だ」と云うと一人が「もっと大きな家へ這入りてえだろう」と云う。また一人が「御気の毒だが、いくら威張ったって蔭弁慶だ」と大きな声をする。主人は椽側へ出て負けないような声で「やかましい、何だわざわざそんな塀の下へ来て」と怒鳴る。「ワハハハハハサヴェジ・チーだ、サヴェジ・チーだ」と口々に罵しる。主人は大に逆鱗の体で突然起ってステッキを持って、往来へ飛び出す。迷亭は手を拍って「面白い、やれやれ」と云う。寒月は羽織の紐を撚ってにやにやする。吾輩は主人のあとを付けて垣の崩れから往来へ出て見たら、真中に主人が手持無沙汰にステッキを突いて立っている。人通りは一人もない、ちょっと狐に抓まれた体である。

 しかし、もし仮に表に誰かいたら、苦沙弥先生がステッキでそいつを殴ったか。そんなことをするはずがない。「教育のない車夫馬丁を対等に扱えるか」と思ったに違いない。(一体に漱石の登場人物は、学歴と教養と人格を同じ一つのものだと考える嫌いがありますね。)
 
 とにかく、明治時代の日本人は同時代のイギリス人よりおとなしくて、ステッキ護身術なんて不必要だった、ましてや凶器としてのステッキなぞ考えられなかった――と思うのだが、どうだろう?

 これに比べるとホームズ譚ではステッキが使われたか、凶器と推定されたケースがかなりある。『青いガーネット』と『高貴な依頼人』のほかにも

緋色の研究』で、グレッグソンが海軍中尉アーサー・シャルパンティエを逮捕したのは、彼が重いステッキでイーノック・J・ドレッバーを撲殺したという嫌疑からであった。

シルバーブレイズ』では、容疑者が「鉛を入れて重くしたステッキ(ペナンローヤーというタイプ)」を凶器に使った可能性があった。

グロリア・スコット』では、治安判事トレバー氏が、やはり鉛を流し込んで重くしたステッキを護身用に持っていた。

ノーウッドの建築業者』では、忘れ物の樫のステッキが、ジョン・ヘクター・マクファーレンに不利な証拠となった。

アベイ農園』では、死体の頭のあたりに「重い山査子のステッキ」が転がっていた。

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ボール箱』では、登場人物の一人が「重い樫のステッキ」を持ち歩いていた。どう使ったのか?

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 どうも物騒な時代で、多くの男がステッキを持ち歩き、実際に人を殴るのに使う可能性があったのだ。
 とすると、紳士の護身術は、まずステッキ対ステッキの戦いから始まることになる。
 もう少し間合いが詰まると、ボクシングのパンチとサバットの蹴り技である。
 さらに接近戦になってはじめて柔術の投げ技や関節技が出てくる。柔術は決め手として絶大な威力があるが、ふつうの喧嘩ではいきなり寝技に持ち込んで「腕拉ぎ十字固め」に入るなんてことはしないものだ。
 だから、バートン=ライト氏も、ステッキの用法には力を入れた。

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 スイス人から学んだのだというが、この写真を見る限り、違うと思う。ふつう西洋人はこういう姿勢はしないものだ。日本人が日本刀を振るうときに、こういうふうに腰を落として臍下丹田に力を入れるのである。
 バートン=ライト氏は、お雇い外国人として日本で高給を食みながら、武術全般をかなり研究したに違いない。(続く)

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