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2006年12月27日 (水)

モルグ街/病院横町(1)

モルグ街の殺人事件     佐々木直次郎
 
一八――年の春から夏にかけてパリに住んでいたとき、私はC・オーギュスト・デュパン氏という人と知合いになった。この若い紳士は良家の――実際に名家の出であったがいろいろ不運な出来事のために貧乏になり、そのために気力もくじけて、世間に出て活動したり、財産を挽回しようとする元気もなくしてしまった。それでも、債権者たちの好意で、親ゆずりの財産の残りがまだ少しあったので、それから上がる収入でひどい節約をしながらどうかこうか生活の必需品を手に入れ、余分なもののことなど思いもしなかった。唯一の贅沢といえは、実に書物だけで、これはパリでたやすく手に入った。
青空文庫より 底本の親本は第一書房「エドガア・アラン・ポオ小説全集」1931-1933)

病院横町の殺人犯       森林太郎

 千八百○十○年の春から夏に掛けてパリイに滞留してゐた時、己はオオギユスト・ドユパンと云う人と知合になつた。まだ年の若いこの男は良家の子である。その家柄は貴族と云つても好い程である。然るに度々不運な目に逢つて、ひどく貧乏になつた。その為に意志が全く挫けてしまつて、自分で努力して生計の恢復を謀らうともしなくなつた。幸に債権者共が好意で父の遺産の一部を残して置いてくれたので、この男はその利息でけちな暮しをしてゐる。贅沢と云つては書物を買つて読む位のものである。この位の贅沢をするのはパリイではむづかしくはない。
(初出は1913年(大正2年)6月1日「新小説」誌 1915年『諸国物語』所収)

  Residing in Paris during the spring and part of the summer of 18--, I there became acquainted with a Monsieur C. Auguste Dupin. This young gentleman was of an excellent --indeed of an illustrious family, but, by a variety of untoward events, had been reduced to such poverty that the energy of his character succumbed beneath it, and he ceased to bestir himself in the world, or to care for the retrieval of his fortunes. By courtesy of his creditors, there still remained in his possession a small remnant of his patrimony; and, upon the income arising from this, he managed, by means of a rigorous economy, to procure the necessaries of life, without troubling himself about its superfluities. Books, indeed, were his sole luxuries, and in Paris these are easily obtained.
(Edgar Allan Poe, 1841 原文全文)

 森鴎外訳はドイツ語版Der Mord in der Spitalgasseからの重訳。冒頭部分に省略あり。

此小説の首にはサア・トオマス・ブラウンの語を「モツトオ」にして書いてある。それから分析的精神作用と云ふものに就いて、議論らしい事が大ぶ書いてある。それを訳者は除けてしまつた。原文で六ペエジ以上もある論文のやうな文章を、新小説の読者に読ませたら、途中で驚いて跡を読まずに止めるだらうと思つたからである。……

Face

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