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2006年12月20日 (水)

ガンディーと使徒たちの書評-2

扇動を事とする半裸の行者
 
          デニス・ジャッド
          ニュー・ソサイアティ誌1977年7月30日

 歴史の皮肉としか言いようのないことがある。たとえば、マハトマ・ガンディーが今日まで生きていたとしたらどうだろう。最近インディラ・ガンディーが非常事態宣言を発令したインドでは、彼はおそらく投獄されているだろう。マハトマの不撓不屈の精神と複雑深淵な宗教性を考えてみれば、彼がサンジャイなどの冷徹で近代主義的な会議派の一党と並び立つはずはなく、投獄されたモラールジー・デサイたちと同じ道を歩んだに違いないのである。
 マハトマ・ガンディーという人間をどう捉えるかは、彼の生前から多くの人々を困惑させた問題であったが、暗殺後30年近くを経た今日でもこれは変わらない。かつてウィンストン・チャーチルは「インナー・テンプル法学院出身の弁護士であった人物が今や扇動を事とする行者となり、半裸で総督官邸に出入りして英国王兼インド皇帝の名代と対等に談判している」と苦々しげに言い放ったが、さすがに今日ではこの見方に与する者は少ないだろう。しかし、ガンディーという人間を見て、これが今日の独立インドを創り上げた人物であると思えるだろうか?
『ガンディーと使徒たち』において、ヴェド・メータ氏はこの謎を解き明かそうとする。もちろんインド人や英国人によるガンディー伝やガンディー論はすでに多い。加えてガンディー自身がおびただしい数のパンフレットや手紙を残し、自伝を書いている。メータ氏のこの伝記はガンディーの生涯を余すところなく描き尽くそうとしたのではない。彼は文書による記録だけでなく数多い存命の弟子たちとの会話に基づいて、生き生きとしたポートレートを描き出そうとしたのである。

 メータ氏の筆は期待に違わず明快で優美である。ガンディーの生涯の歴史的背景は見事に語られているが、読者がこの伝記によって初めて知る事実は少なく、さらに詳しく書いて欲しいと思う点も多い。
 しかし、本書の強みは、使徒たちのインタビューで構成されていることにある。ガンディー生前の思い出を語る人々の言葉が我々の胸を打つのである。特に詳しく述べられるのは、英国の支配に対する偉大な平和的不服従闘争の源泉となった精神的道徳的純潔を得ようとするガンディーの苦闘である。ガンディーは腰布とサンダルだけを身にまとい、極度に単純な生活を送った。食物は必要最小限のものに限り、物質的な快適さには背を向け、手織りの布しか身につけず、妻とともに暮らしながら36歳で性交を絶った。
 ガンディーの禁欲主義は、彼の人格の特異な一面であった。彼は若い女性たちと裸体で同衾して自らの意志の力を試そうとしたのである。またこれによって彼は奇妙な困難に追い込まれることもあった。あるとき彼はヨーロッパ人の少女に頭痛の治療として浣腸を施そうとしたが、少女はたちまち裸になって彼を抱きしめたのである。またあるときは、狂人が腰布を履いたまま脱糞してしまったが、ガンディーと彼の妻は汚れた腰布を洗うという高貴な仕事をどちらがするかを巡って争ったという。
 西欧人の観念では、これらは政治家に相応しい資質であるとは思えない。しかし、ヨーロッパがヒトラーの戦争に転げ落ちて行ったとき、ガンディーはインドを独立に向けて力強く導いていたのである。彼がインドに遺したものは功罪相半ばすると言わざるを得ない。ガンディーが1942年に始めた「クイット・インディア」運動は、最終的にはインド亜大陸の分離に繋がった。彼は道徳的な模範を示し不可触民を擁護したが、インドになお残る多くの「聖牛」は彼の力をもってもどうすることもできなかった。西欧的な工業化も社会主義もガンディーにとっては呪われたものであった。ある意味では我々が進歩と呼ぶものすべてがそうであったのだ。しかし果たして我々が正しいのだろうか。

(原著刊行時には、インディラ・ガンジー首相が非常事態宣言を発令し独裁政治を行っていた。女史はまもなく辞任し、1980年に首相に再任されたが、84年にシク教徒の護衛に暗殺された。)

Indira

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