« 柔道か柔術か(11) バーティツについて-4 | トップページ | 至近距離で見た有名人(1) 三島由紀夫 »

2006年12月22日 (金)

『ガンディーと使徒たち』の書評-3

ヴィジョンと現実 

            ドナルド・ソーパー(英国のメソジスト派牧師)
            ブック・アンド・ブックメン誌1977年7月号

 私は若いころ、世界にいわゆる偉人は多いが、真に傑出した人物はただ一人しかいないと思っていた。ガンディーは、私にとって、そしておそらく数百万の人々にとっても、例外的な人間、人類史上まれに見る存在であり、仏陀やマホメット、あるいはイエス・キリストにも比すべき宗教的先覚者、少なくとも聖フランシスやイグナティウス・ロヨラのような精神的巨人であると思われた。ただ、1931年にガンディーに初めて会ったとき(彼はインド自治問題に関する第二次円卓会議のためにインド代表団を率いてキングズリー・ホールに滞在していた)、私はいささか困惑を覚え、このような全面的な賛嘆の態度も幾分変化したことは記しておかねばならない。
 しかし、彼は敵対者や弟子たちの上にはるかに高くそびえ立っていた。彼のアヒンサー(非暴力)の教えと実践は私自身の平和主義者としての信念を強め、私は彼の感化と指導による非暴力のインドが世界平和の先駆けとなると思った。彼のアジア的な精神が自分の育った西欧のそれと著しく異なることに気づいて幾分か不安を覚えたものの、彼の宗教的信念と活動には強い感銘を受けた。それ以上に私は彼の人格の「カリスマ」を目の当たりにして力づけられた。彼の素朴な弟子の一人が言うように、彼は私を「虜にした」のである。しかし、これは今やすべて遠い過去のことである。インドはネルーとインディラ・ガンディーの政権を経て、さらに異質の時代に入ろうとしている。ガンディー主義はどうなってしまったのか?

 インドに生まれて西欧で教育を受けたヴェド・メータは、すでに多くの著作を通じて東洋と西洋の文化の架橋を試みているが、今回の労作もまた読者に裨益するところが大きい。メータ氏はガンディーを語るにあたって自らに厳しい規律を課した。『ガンディーと使徒たち』は、すでに数多い従来のガンディー伝とは全く異質のものである。メータ氏は「バプー」の意味という問題に答えるべく、彼をこの愛称で呼んでいた存命の「使徒たち」を各地に訪ねて生前の思い出を聞く。しかし私の印象では、彼らはもはや「かつての弟子たち」なのである。ラーマチャンドランは官僚主義に、フライドマンは心霊術に、スレイド嬢はベートーヴェンに、ナンダは占星術に逃げ込んでいる。ヴィノーバ・バーヴェ、ダス・グプタ、アブドゥル・ガッファール・カーンの三人は今も師の教えに忠実であるが、彼らは自身が偉大なる魂なのである。これらの高齢の、多くは老衰した生き残りたちのインタビューを読むのは悲しい。キリスト教徒としての私は、教会の使徒たちがローマ帝国の強固な権力に闘いを挑みこれを屈服させぬまでも妥協を強いるに至った歴史と、ガンディーの建設プログラムがその使徒たちの手で崩壊し朽ち果ててしまった有様を比べて、感慨なきを得ないのである。

Main_gandhi_1

 パターン人のアブドゥル・ガッファール・カーンは著者に「インドではガンディー主義は死に絶えた。ガンディーは完全に忘れ去られている」と言う。そんなことがあるものかと思うかも知れないが、考えてみて欲しい。読者も彼のことは完全に忘れ去っているのではなかろうか。実は私もそうなのである。本書がこれを指摘してくれたことには感謝するが、本書の価値は、メータ氏がガンディーの人格を使徒たちの眼と回想を通して見るアプローチと、そこから得られるものにある。ガンディーの生涯の記録としては、本書は特に並はずれたものではない。ガンディーがその主役であった独立運動の歴史については他の伝記の方が詳しいだろう。しかし、使徒たちの証言には共通するものがあって、ガンディーの言行の背後に二つの基本的な信条(あるいは態度)があったことを示すのである。そして、この二つが彼が生涯の紆余曲折の鍵であり、また彼の影響が永続性を持ち得なかったことも、これによって理解することができる。その一つは「ブラフマチャリヤ」の実践である。これは要するに身体と精神を高めるために性生活を断念することである。読者はこれが高潔と自己欺瞞の混淆であると感じるかも知れない。実際、そこには不快な臭気が漂っている。彼が徹頭徹尾誠実であったことは明らかであるが、ブラフマチャリヤは果たして社会に働きかける運動の要素であったのか。それよりもむしろガンディー自身の性の問題を浮き彫りにしているのではないだろうか。ここで本書に繰り返し現れる一つの主題に触れておくべきであろう。それはガンディーの「排泄」へのこだわりである。ガンディーはインドの不衛生を深く憂えていた。彼のアーシュラムは、インド人の不潔な習慣、排泄物による汚染、人糞の堆積がもたらす精神的危険に対する闘いの場であった。人糞は堆肥にすることができて、堆肥は「黒い黄金」であると彼は言った。まことにその通りであり、そこまではよい。しかし、「清潔は神性に次ぐ」と考えた彼の運動には、極端な菜食主義、迷信的な食餌療法、マッサージの効用、浣腸の勧めなどが混淆していたのである。これらは個々にはそれなりの価値があるのであろうが、一纏めにすれば要するに人体とその機能に関する強迫観念であり、十字軍よりもむしろ尼僧の集団に相応しいのである。

 もう一つの基本的な信条は「サティヤーグラハ」である。これは英訳すれば「受動的抵抗」であり、魂の力によって悪と戦い、この抵抗に伴う刑罰を進んで受け入れ、常に「アヒンサー(非暴力)」を貫く態度である。バプーの使徒たちの証言には二つの面がある。サティヤーグラハは有効であった。ガンディーの断食はしばしば「宗教的恐喝」であると評されたが、腰布をまとったこの小男はまことに「十字架の道」を歩み、それが義とせられるだけでなく政治的にも有効であることを示したのである。本書の中でも彼の受動的抵抗の事跡を描くページは燦然と輝き、これが後の挫折の暗闇を強調するのである。なぜ挫折せざるを得なかったのか? 農村の発展のために精緻な建設プログラムを作り上げ、アーシュラムの精神を反映した共同社会の効用を説き、人々を階級闘争から解放して特に悪名高い不可触の差別を根絶せんとしたガンディーが、ただ一つ理解できなかったことがある。キリスト者はこれを彼に教えるべきであったし、マルクス主義者はこれを身をもって示していたのである。それは、人が自ら歴史を作るためにはまず何よりも先にそれを可能とする経済的社会的精神的条件を求めることが不可欠である、という事実である。キリスト者の行うべき受動的抵抗は(マルクス主義者はこれを嘲笑するかも知れないが)、目的ではなく手段であるときにのみ有効である――これが彼の使徒たちの証言のもう一つの面なのである。ガンディーが新時代のテクノロジーを嫌悪したのは、それが南アフリカとインドで帝国主義者の利益のために利用されたからであった。彼がついに悟らず、弟子たちも理解できなかったのは、アヒンサーの道はこのテクノロジーに抵抗するのではなくこれを活用することによってのみ成功するのだ、ということであった。
 しかし、小人の後知恵で巨人の欠点をあげつらうことはたやすい。常套句を用いればガンディーは疑いもなく「偉大なる魂」であった。未来の歴史家は(人類がそれまでに滅亡してしまわないとすれば)、この比類なく暴力的な20世紀に一人の男が現れて非暴力の道を歩み、インドと世界の数百万の人々を説得して非暴力を、そして自らの力を信じさせたことを認めるであろう。本書がそのために役立つならば、我々は大いに感謝しなければならない。

|

« 柔道か柔術か(11) バーティツについて-4 | トップページ | 至近距離で見た有名人(1) 三島由紀夫 »

コメント

はじめまして

アーティストのあんじゅなと申します。

2度にわたりトラックバックをいただきましてありがとうございます。

私は詳しいことは知らないのですが、やはりガンディーは素晴らしき偉大なる魂であったと思っています。

そして彼を過去の偉人にするのではなく、かつて地上に表れた数知れぬ聖者・賢者の教え同様、彼の教え、心をこそ理解し我々が実践することは人類の未来には大きな恩恵をもたらすと信じております。

もっとも私は特定の誰かや宗教に帰依する人間ではありませんが、愛と調和を目指すのは人類の大切な目標だと思っております。

またこちらのブログ拝見させていただきます。

ありがとうございました。

投稿: あんじゅな | 2006年12月25日 (月) 23時34分

あけましておめでとうございます。
あんじゅなあんのブログからきました。
 おもいがけずに、ガンディーの、お写真に、会えてうれしいです。

>非暴力
 重要なことだと思います。

投稿: MISS-TOMO | 2008年1月 8日 (火) 09時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/4634180

この記事へのトラックバック一覧です: 『ガンディーと使徒たち』の書評-3:

« 柔道か柔術か(11) バーティツについて-4 | トップページ | 至近距離で見た有名人(1) 三島由紀夫 »