« ガンジー・キング・イケダ? | トップページ | 高島俊男先生の本が出た »

2006年12月12日 (火)

柔道か柔術か(8) バーティツについて

 ホームズがライヘンバッハの断崖上で使った「バリツ」については、いろいろ説がある。
 ちくま文庫版ホームズには、E・W・バートン=ライト氏のバーティズBartisu)なる護身術が起源だと注釈してある。
 ウィキペディアで「バリツ」を引くと、「バーティツ」(バーティズではない)という小項目がある。

バーティツ
1899年9月に日本に滞在していたバートン-ライト(E.W.Barton-Wright)というイギリス人が日本人たにゆきおとともに、1900年イギリスで日本の柔術の技法を取り入れた護身術を "bartitsu" (バーティツ)と名付けてロンドンで教えており、雑誌ピアスンズ・マガジンに記事を掲載していた。その雑誌にはドイルも小説を掲載していたので、ドイルがその記事を読んでいた可能性は高く、"baritsu" とは "bartitsu" の誤記であるとする説が有力である。この説はなかなかいい線を行っているが、難点がある。それはバーティツの成立が1900年であって、1891年の「ライヘンバッハの死闘」には間に合わないことである。

 最後の1文でanachronismの指摘がある。ドイルがどうこうというけれど、問題はあくまでホームズとワトソンではないか。literary agentの名前を持ち出すのは規則違反だよ――ということですね。

 しかし、このバートン=ライト氏のバーティツについては、イギリスで自国人の業績として重視するのは人情でしょうね。ウィキペディアの英語版には詳しい記事がある。これをはじめの部分だけ紹介しましょう。

 バーティツは、1890年代後期より1900年代初期にかけて英国で開発された折衷的武術・護身法である。
 日本で働いていた鉄道技師エドワード・バートン=ライトは1898年に帰国して、「新しい護身術」を開発したと声明した。これは各種格闘術の良いところを取ったものである。「バーティツ」という名前はジュージツと自分の名の合成である。
 バートン=ライトは1899年から1904年にかけてピアソンズ・マガジンに一連の記事を書いた。バーティツは主として日本の古流柔術と講道館柔道を源流とする。加えて、英国のボクシングとレスリング、フランスのサバット(蹴り技を主体とした格闘技)、スイスのピエール・ヴィニー教授開発のステッキ護身術を採り入れている。(あとはWikipediaでBartitsuを見てください。) [下図、クリックして拡大]

 Copy_of_montage_1
 日本の柔術はもともと戦場で敵の首を取るための技術である。侍は鎧甲に身を固めているのだから、剣術の「お面」「胴」「小手」なんか、実戦ではまったく役に立たない。まず組み付いてから、地面に投げ落として気絶させる、首を絞めて落とす、関節の逆をとって折る、という方法で相手の戦闘力を奪うほかない。
 明治の文明開化の御代になって、こういう野蛮なもの(と当時の人たちは思った)が廃れたのは当然である。嘉納治五郎(1860-1938)がこれを取り上げて体育/スポーツとして再生したのが「柔道」である。

Kano_jigoro_2

ルールを整備し、危険な技を除き、練習法を確立した。しかしもともとは柔術だから(嘉納は天神真揚流と起倒流を学んだ)、やはりレスリングなんかとは違う。単なるスポーツではない。「武道」である。すなわち常に「実戦」が念頭にあるのだ。
 たとえば二人で体重を量ってから格闘を始めるなんて「実戦では」あり得ないから、体重階級制は柔道の「本質」に反する。実際問題としては、体重120キロと60キロでは勝負にならないからやむを得ないけれど。
 ともかく実質は柔術なので、世間では柔術と呼んだし、講道館に修業する者も柔術家を名乗ったことは、これまで見てきたとおり。(柔道か柔術か(1)から見てください)

 バートン=ライトの工夫は、この柔術/柔道を基礎に英国紳士向けの護身術・喧嘩術を編み出したことである。(続く)

|

« ガンジー・キング・イケダ? | トップページ | 高島俊男先生の本が出た »

コメント

とりあえずここにトラックバックさせていただきます。
ホームズもおもしろいのですが、夏目漱石と格闘技というアングルにうなってしまいました。
この調子で渉猟していくと、文豪と格闘技なる書物ができあがるかもしれませんね。幸田露伴なんかいかにも武道の心得があるようなイメージ。
ガンジーの記事も併せて、今後の展開を楽しみにしています。

投稿: 迷跡 | 2006年12月22日 (金) 21時15分

コメント、ありがとうございます。露伴は腕力が強くって、誰だったと口論になって、縁側から庭へ放り投げたという話を読んだ覚えがあります。どこだったか?

投稿: 三十郎 | 2006年12月23日 (土) 12時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/4522670

この記事へのトラックバック一覧です: 柔道か柔術か(8) バーティツについて:

» キャッチ・アズ・キャッチ・キャン 『壜の中の手記』 [迷跡日録]
『壜の中の手記』(ジェラルド・カーシュ/西崎憲他訳2006角川文庫)読了。2002年に晶文社から刊行された同題の単行本に新訳2編を加えている。「狂える花」は別ヴァージョンを収録。 相当異色のこの短編集を語るにプロレスをもってすることを許していただきたい。「ブ....... [続きを読む]

受信: 2006年12月22日 (金) 12時53分

« ガンジー・キング・イケダ? | トップページ | 高島俊男先生の本が出た »