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2006年12月14日 (木)

柔道か柔術か(9) バーティツについて-2

 バートン=ライトの工夫は、この柔術/柔道を基礎に英国紳士向けの護身術・喧嘩術を編み出したことである。(承前)

 ここで考えておくべきことが二つある。
 まず19世紀末から20世紀初めにかけての(1900年=明治33年)護身術の需要である。日本ではほとんど需要がなく(だから柔術/柔道はスポーツ化した)、イギリスでは紳士が実際に護身術を必要とする場面がかなりあったのではないか? これが第1点。
 第2に、実際に使える護身術という観点からは、柔術/柔道に何が欠けていたか?
 
 第2点から見てゆこう。鎧甲の侍ではなく、ロンドンの街を歩く紳士が格闘に使うとして、柔道そのままではどこが不都合か? オリンピックの柔道試合のように、両手を広げて相手に摺り足で近づき、右手で奥襟、左手で袖を取ろうなんてことをしたら大変だ。あごにパンチを食らう。あるいはステッキで頭を殴られる。
 つまり柔術/柔道では間合いに問題があるのだ。もともと鎧武者同士の格闘術だから、パンチやキックはあまり使わない。ましてステッキで殴るなどは想定外である。
 しかし、昔のロンドンの街で紳士が身を守ろうと思えば、ステッキ、パンチ、キックの攻撃に対応しなければならない。

 ストランド・マガジンの挿絵を見ると、ホームズはよくステッキを持ち歩いていますね。
 
Croo01  
  何という作品の挿絵でしょう? はい、分かりますね。『背の曲がった男』で夜遅くホームズがワトソンをたずねてくる。
「今晩泊めてくれないか?」
「いいとも」
 という会話のあとのシーンでした。

 依頼人も男はたいていステッキを持っている。『バスカヴィル家の犬』ではモーティマー医師が置き忘れたステッキのことから話が始まるのだった。ホームズはステッキを窓際の明るいところへ持っていって、凸レンズで調べた。

Houn01

 なぜ、ステッキを持ち歩いたか? 必要だったからだ。ロンドンの街は、特に夜ちょっと寂しいところだと危険だった。たとえば『青いガーネット』の事件の発端。 

 クリスマスの午前4時頃、守衛のピーターソンが一杯やった帰りにトッテナム・コート・ロードを歩いていくと、前方で何やら騒動が持ち上がった。
 背の高い男が肩に鵞鳥を担いで、少々おぼつかない足取りで歩いていたが、これにゴロツキどもが絡み、そのうちの一人が男の帽子をたたき落とした(ステッキを使ったはず。そうは書いてないけれど)。男も身を守るためにステッキを頭上に振り上げたが、後ろの窓ガラスを割ってしまった。ピーターソンは男を助けようと駆けつけたが、制服を見て警官とでも思ったのか、ゴロツキだけでなく男も逃げ出した。

Blue02_1

 この絵ではピーターソンの足下に、この男ヘンリー・ベーカー氏の鵞鳥と帽子が落ちている。逃げるベーカー氏とゴロツキの一人はステッキを持っているはずだが、暗くて見えない。
 いずれにせよ、ステッキを護身用(ときには攻撃用)に使う場面があったことは分かりますね。ベアリング=グールドの考証によれば、この事件は1887(明治20)年のことであった。

 いや、ホームズ自身がステッキ対ステッキの戦いをしたことがある。

Illu06_1

 この絵は何という事件でしょうか?
『高貴な依頼人』でした。一対一ならホームズが負けるはずはないが、相手は二人いた。
 ホームズ曰く。
“I’m a bit of a single-stick expert, as you know. I took most of them on my guard. It was the second man that was too much for me.”
「知っての通り、シングルスティックなら僕は少々心得がある。攻撃はほとんど防いだが、二人目の奴がどうも手に余ったのだ」

 わざと片仮名のままにしたのです。single-stickは以前に一度出てきている。『緋色の研究』で、ワトソンが挙げた「シャーロック・ホームズの特異点」の11番目が

Is an expert singlestick player, boxer, and swordsman.

 こちらはハイフンなしのsinglestickである。これを従来は「棒術」と訳していたけれど、六尺棒ではないのだから、それは不適切である。サーベルの練習に使う「木刀」がsinglestickである。これは「木刀術」と訳すべきだ――という話は柔道か柔術か(7)--バリツの起源でしました。
「木刀術」の心得がステッキの戦いに役に立ったのだけれど、一度に二人は相手にできなかったのだ。日本の剣術の達人なら、二人くらい何でもない。荒木又右衛門なんか36人斬りだ。ホームズもボクシングはずいぶん修業したが、木刀術の方は「少々の心得」というのが謙遜ではなかったらしい。
 これは1902年(明治35年)の事件だった。
 まだまだ話は終わらない。続きます。

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