ガンディーとインド
ヴェド・メータ『ガンディーと使徒たち』
V・S・ナイポール『インド――傷ついた文明』
アメリカン・ヒストリカル・レビュー
エドワード・S・ヘインズ(ニューヨーク州立大学教授)
南アジア亜大陸の重層的な歴史と文明の研究は、さまざまの価値観、ステレオタイプ、先入主によるバイアスを避けて通ることはできない。南アジアのような複雑な文明を取り扱う際には、多様な経験を必然的にこれらのステレオタイプを通して見ることになる。インド史にネガティブな観点からアプローチすれば、すでにある先入主を確認する結果に終わる。もちろんこの反対もよくあることで、ナイーブなオリエンタリストが「東洋」に魅惑されてしまうのはこのためである。
本稿で紹介する二冊では、二人の著名な作家がインド文化を観察し、それぞれの価値観によって判断を下している。V・S・ナイポールは南アジアのネガティブな側面を見て、インドに「傷ついた文明」という烙印を押している。ヴェド・メータは、インドと現代インドの「建国の父」であるモハンダス・カラムチャンド・ガンディーに対して、より共感を示している。
ナイポールの描くインド、『傷ついた文明』は、『ニューヨークタイムズ・レビュー・オブ・ブックス』に連載されたものである。「在外インド人」として、ナイポールはいわば外部の眼によって自らのインド経験に対している。現代インド、特に都市部のエリート層は解消しがたい矛盾を内包していると彼は考える。彼の視点は工業化された西欧のものであり、テクノロジーの「進歩」に対する彼の信頼はほとんど宗教に近い。ナイポールの本書のもっとも有効な側面は、現代インドにおける伝統的なヒンドゥー教の役割の分析であろう。ナイポールによれば、ヒンドゥー教はインドの「発展」に大きな障害となり(ただし彼は「ヒンドゥー教」に定義を与えようとせず、これを静的で不変のものと見ている)、過去のくびきは重く、インド文明は救いがたく損なわれている。ここでは、ナイポールの文化的バイアスの介在によって、「ヒンドゥー教」(さらにはそれに伴う行動様式)自体もその文化も絶えざる適応と改変の過程を経てきたのであり西欧的な意味では単なる「宗教」ではないという事実が、覆い隠されてしまっている。ヒンドゥー教が単に宗教であるとすれば、ナイポールの議論はまことに強力であり、その結論はほとんど不可避であると言えよう。しかし、より柔軟な視点による広いアプローチからは、別の見解があり得るだろう。ヴェド・メータの立場がこれである。
ヴェド・メータの『ガンディーと使徒たち』についてまず問われるべきは、「今さらなぜガンディー伝なのか?」ということである。もしこの本が単にガンディーの伝記にとどまるのであれば、すでに汗牛充棟もただならぬマハトマ文献の屋上に屋を重ねるものとして片付けてしまうことは容易であろう。しかしメータの本書は(これも『ニューヨーカー』に連載されたものである)、ガンディーのパーソナリティのみならず、一つの文化的シンボルの生成と保持という、より大きな問題を扱っている。ガンディーの生涯を振り返ることは当然として、メータの主題はマハトマではなく、むしろ彼のメッセージとイメージが現代のインドに与えた影響であり、彼を直接知っていた人々の目を通してこれを描くのである。ここでもガンディーの「実像」の捉えがたいことは、南アフリカ時代、あるいは一九四八年以前のインドと変わらない。メータは、ガンディーの影響がポジティブであるのかネガティブであるのかという感情的な問題は避けている。彼にとってはかつてガンディーが「存在した」ことで十分なのである。
ナイポールにとっては、ガンディーはインド文化のネガティブな(すなわち非西欧的な)面を体現する存在にほかならない。彼にとってガンディーは、インドが「底なしの過去に落ち込んで行く穴」と彼が呼ぶものの典型なのである。ナイポールのエッセイに登場する「若い外国人の学者」は人々が路上で大小便をするさまを見て驚くが、ガンディーはそのようなネガティブな社会におけるネガティブな特質を表すものなのである。ナイポールはインドのこの側面に明らかに嫌悪を抱いているため、インド文化の評価においては単純なフロイド主義を越えることができない。しかし、これはナイポールの観察が有用でないということではない。彼のきわめて刺激的なエッセイは、西欧人としてインドとの「愛憎関係」に関わるすべての者が真剣に検討すべきである。一方ヴェド・メータは、微妙なインド観とともにマハトマ・ガンディーの意味について独自の経験を示してくれる。彼の貢献は、ガンディーについて学ぼうとする者に有益であり、インドを理解しようとする者にとってはさらに価値があると言えよう。
ナイポールは2001年にノーベル文学賞を受賞した。
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