誤訳迷訳欠陥翻訳(3)
山岡洋一氏は、光文社の「古典新訳シリーズ」でミル『自由論』の翻訳を出している。
しかし私などが最大の恩恵を受けているのは、氏の労作『CD-ROM経済・金融英和/和英実用辞典』(日経BP)である。
ところが、これがアマゾンでは見つからないのですね。仕方がない。たとえばKinokuniya Bookwebを見てください。「取り寄せ」だそうですが、手に入るかも知れない。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9972413969
「山茶花」さんからアマゾンにもあるというコメントをいただいたが、現在「在庫切れ」だそうです。――1月11日追記
このCD-ROMがなければ、私などまったく仕事にならないのだ。
たとえば次のような日本語を英語に訳してみてください。
資産の消滅の認識に係る会計上の考え方は、リスク・経済価値アプローチと財務構成要素アプローチとに大別される。リスク・経済価値アプローチとは、資産のリスクと経済価値のほとんど全てが他に移転した場合に当該資産の消滅を認識する方法であり、一方、財務構成要素アプローチとは、資産を構成する財務的要素に対する支配が他に移転した場合に当該移転した財務構成要素の消滅を認識し、留保される財務構成要素の存続を認識する方法である。
いかがですか? まず手も足も出ないはずだ。『CD-ROM経済・金融英和/和英実用辞典』を使わないから出来ないのだ。使えば出来るとは限らないけれど、使わなければ出来ない。ほかの辞典では駄目である。
たとえば研究社の『新和英大辞典』は日本の英語学界の最高峰が集まって作った辞書であるが、営業部を引いてみるとthe business departmentと書いてある。これでは駄目ですね。営業部は英語では十中八九はsales departmentとなることはご存じの通り。この和英辞典は全体としてはよくできているが、英語と日本語の一対一対応(場合により一対多対応)という考え方を基本に作っているので、実際には使えない場合が多いのだ。「営業部」ならば、営業と部に分解する。部はまずdepartmentであろう。営業はbusiness、あるいは場合によりtrade、operationなど。この場合はbusinessを採ってthe business departmentとする――こういうやり方では限界があるのだ。
あるいはlessという単語ならば、littleの比較級でより少ないという意味である、と書けば英和辞典の仕事は終りである。しかし、たとえばfair value less cost to sellをどう訳するか? 山岡氏の辞典を見れば「売却コスト差し引き後公正価額」とちゃんと書いてある。
上の例では「財務構成要素」アプローチの訳語が山岡氏の辞典に出ているわけではない。この英訳は私が自分で考えました。
しかし、たとえば「認識」の訳語は、和英辞典では、cognition, recognition, coginizance, awareness, consciousness, perception, knowledge, understandingなどたくさんあるけれども、会計用語としてはrecognize/recognitionであることを、山岡氏の辞典を何度も引いて確かめてあるから、安心して翻訳が出来るのだ。
ふつうの辞書とはどこが違うか?
経済金融などの分野で英語の読み書きに実際に使える辞典を作るにはどうすればよいか? 英米の専門書、雑誌や新聞の記事、報告書などから例文を大量に集め、これに一々和訳を付けて、「英和対訳データベース」を作り、これをもとに辞典を作ればよろしい。
その結果、lessを「差し引き」と訳さなければならない場合があることが分かってくる。あるいは、「重要性を認識する」はto realize the importanceであるが、「収益を認識する」はto recognize incomeでなければならないことが分かってくる。
こういう辞典を作ってくれた山岡洋一氏が訳したものならば信頼できるはずだ。
しかしそもそも『国富論』の話であった。
原文An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nationsは以下にあるのでちょっとのぞいてみましょう。
http://www.econlib.org/LIBRARY/Smith/smWN.html
| 固定リンク
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21109/4846490
この記事へのトラックバック一覧です: 誤訳迷訳欠陥翻訳(3):
コメント
「経済・金融英和/和英実用辞典」で検索してみてください、アマゾンでも買えますよ。それにしてもこれ、私がNYで仕事をしているときに手許にあれば随分仕事振りも変わっただろうに。知るのが遅すぎた!
投稿 山茶花 | 2007年1月10日 (水) 22時26分