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2007年1月20日 (土)

村上春樹を英語で読む

 4月からあるカルチャーセンターで「村上春樹を英語で読む」という講座を始めようかという話がある。(あるカルチャーセンターなどと曖昧なことを書くのは、まだ未定の要素があるから。)
 村上春樹の小説はほとんどが英訳されている。その中から一冊選ぶとして、短編集『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫)の英訳After the Quakeを「英語の本として」読んでみる、というのはどうだろう。

Five straight days she spent in front of the television, staring at crumbled banks and hospitals, whose blocks of stores in flames, several rail lines and expressways. She never said a word. Sunk deep in the cushions of the sofa, her mouth clamped shut, she wouldn't answer when Komura spoke to her. She wouldn't shake her head or nod. Komura could not be sure the sound of his voice was even getting through to her.

 第一短編『UFOが釧路に降りる』の英訳UFO in Kushiroの書き出しである。

  これなら英語の本を読むのがはじめてという人でも、何とか読めるはずだ。翻訳では凝った言い回しやむつかしい単語は使わない。何より、分からなくなれば日本語の方をのぞいてみればよいのだ。いわば「補助輪付きで『原書』を読む」のである。
 こうやって英語で書いてある本をともかく読むのに慣れることに、まず意義があると思う。「英語を読む」というと、週刊誌の『タイム』を読むなんてのが流行っているようだけれど、そんなことをする人の気が知れないね。

 アメリカ人が日本語を勉強するときは、源氏物語や夏目漱石や村上春樹を読むはずだ。週刊文春や週刊朝日をわざわざ辞書を引いて読むなんて馬鹿なことはしない。
 日本語でも英語でも、週刊誌は斜めに読むものだ。ゆっくり時間をかけて読むためには「ゆっくり読む値打ちのあるテキスト」でなければならない。
 村上春樹の小説は繰り返して読んで面白いし、別の言語で読んでみるとまた一層面白いのである。私は『神の子どもたちはみな踊る』はドイツ語訳のNach dem Bebenで読み直してみたが、日本語で読んだときは見逃していた細部の仕掛けに気がついた。
 たとえば、最後の短編『蜂蜜パイ』では、小夜子が娘の沙羅にねだられて淳平の前で「ブラはずし」をやってみせる。
「服を着たままブラをはずして、テーブルの上に置いて、それをまたつけるの。いっこの手はいつもテーブルの上に載せておかなくちゃいけないの。それで時間をはかるの。ママはすごくうまいんだよ」
  ゆっくり読むとこのエピソードの「必然性」が分かる。村上春樹は小説がうまいなあ、と当たり前のことに感心するのである。

 味をしめてKafka am Strandを読んだが、これも大変よろしかった。もちろん『海辺のカフカ』ですね。Gefaehrliche Geliebteというのも読んでみた。これは『国境の南、太陽の西』である。この本はドイツではテレビの書評番組(というのがあるらしい)で、有名な文芸評論家が「単なるエロ小説である。文学的ファーストフードである」とこき下ろし、これに別の文芸評論家が反発して村上擁護論をぶって大喧嘩になったのだそうだ。これで「そんなにエロならば読んでみようか」という読者が殺到して、ドイツでは村上春樹がベストセラー作家になったのだという。そう言えば『海辺のカフカ』の独訳が出たのは英訳よりずっと早かった。
 
 外国語訳で読んで違和感がある作家とそうでない作家がいて、村上春樹は後者に属すると思う。川端康成の雪国の英訳Snow Countryは、訳者のサイデンステッカー氏が頑張っていることはよく分かるのだが、英語で読むとどうも西洋人が和服を着ているところを見たような落ち着かない気分になる。もちろん日本人が英語で川端康成を読む必要は毛頭ないので、原文の日本語で読めばよいだけのことである。
 村上春樹の『東京奇譚集』は、月刊『新潮』に連載した4編と書き下ろしの1編をおさめているが、私はこの中の『どこであれそれが見つかりそうな場所で』は英訳のWhere I'm Likely to Find Itの方を先に読んだ。ニューヨーカーのオンライン版からダウンロードできたからである。(今はオンラインでは読めない。短編集Blind Willow, Sleeping Womanに収録。)これは、はじめから英語で書いたものだと言われれば信じてしまいそうな感じである。凶器みたいに尖ったハイヒールを履いた女が「私」の事務所にやってきて夫を捜してくれと依頼するところなどは、まったくレイモンド・チャンドラーである(すぐにMurakamiesqueな展開が始まるが)。日本語版の方が上手な翻訳みたいな感じがする。

 カルチャーセンターの講座は、実際に開講するかどうかまだ未定であるが、村上春樹を入り口にして英語の本を読む楽しみを味わってもらえればと思っている。

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