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2007年2月 8日 (木)

シャーロック・ホームズと「あの女」(1)

To Sherlock Holmes, she is always the woman.

 有名な短編の冒頭の有名な文ですね。

 この「彼女」とシャーロック・ホームズの間にはいろいろといきさつがあって、最後は

And when he speaks of Irene Adler, or when he refers to her photograph, it is always under the honourable title of the woman.

 で終わるのでした。

 シャーロック・ホームズはアイリーン・アドラーをいつでもthe womanと呼んだ。このthe womanは、どう訳すればよいか?
 そんなもの、「あの女」に決まっているじゃないか。
 と思うでしょう? ところが違うのだ。
 昨年刊行された光文社文庫の『シャーロック・ホームズの冒険』では

シャーロック・ホームズにとって、彼女はつねに「あの女性(ひと)」である。[括弧内の「ひと」はルビ]

そして、アイリーン・アドラーの話をするときや、その写真のことにふれるとき、彼は必ず「あの女性(ひと)」という敬称を使うのである。 

「女性」と書いて「ひと」と読ませるらしい。びっくりしたなあ。「あの女」と書いて「あのおんな」と読ませるのでは、何故いけないのか?
 
 ほかの本はどうなっているか?

新潮文庫
シャーロック・ホームズは彼女のことをいつでも「あの女(ひと)」とだけいう。

そしてアイリーンのことや、彼女の写真のことが話に出ると、彼は必ず「あの女(ひと)」という尊称をもってするようになったのである。

ちくま文庫
シャーロック・ホームズにとって、彼女はつねに「あの女性」である。

そして彼がアイリーン・アドラーの話をするときや彼女の写真のことにふれるときには、必ず「あの女性」という敬称を使うのである。

創元推理文庫
シャーロック・ホームズにとっては、彼女はいつもあのひとであった。

そしてアイリーネのことをはなしたり、彼女の写真のことにふれたりするときには、いつも「あのひと」という敬称を使うのである。

ハヤカワ文庫
シャーロック・ホームズにとっては、彼女はいつも「あの女」だ。

そしてアイリーンのことや彼女の写真のことが話題になると、かならず「あの婦人」と敬称を用いて呼んだ。

河出書房
シャーロック・ホームズにとっては、彼女は、いつでも「あの女」だった。

そして、ホームズは、アイリーン・アドラーのことを話したり、彼女の写真が話題になる時には、いつでも「あの女」という、敬意を表する表現を使っているのだ。(あのに傍点)

  河出書房版は女にルビがない。「あのおんな」と読ませるのだろう。

 河出方式以外では駄目だと、私は思う。
 ホームズはもちろん英語で話していた。
 しかし、もし仮に日本語で話したとしたらどうだろう? 「あのひと」とか「あの女性」とか「あの女性(ひと)」とか「あの女(ひと)」とか「あの婦人」なんて言い方をホームズがするか?
 するはずがない。
 ホームズにどういう日本語をしゃべらせるかは、彼の性格をよく考えた上で決めなくてはならない。どうも皆さん、シャーロック・ホームズが「女嫌い」だったという事実を軽視しているようだ。
 ホームズは決してもてない男ではない。小谷野敦さんではありません。

 その気になればもてる男であった。恐喝王チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートンを相手にしたときには、彼のメイドのアガサを誘惑してたちまち婚約してしまった。もっとも、このときはエスコットという名前の配管工に変装したのである。ジェントルマンのままでは女の子と交際なんかしなかった。
 ともかく女は嫌いであった。もちろん結婚など考えもしなかった。
 女が嫌いだったとすると、ひょっとしてゲイだったのか? まさか。
「そのころワトソンは私を捨てて結婚していた。The good Watson had at that time deserted me for a wife.」とホームズが書いていることをとらえて、ワトソンと愛し合っていたのだという説をなす向きもあるようだが、これはいくら何でも考えすぎでしょう。
 ホームズはオスカー・ワイルドではない。ワトソンはアルフレッド・ダグラス卿のような美青年ではない。普通のおっさんである。

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 ゲイではないけれども、ともかく「女は嫌いだ」という男がいる。日本にはめったにいないけれど、西洋ではそれほど珍しくないタイプである。(続く)

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コメント

え~

男でも匹敵するのは、兄マイクロソフトとモリアティ教授のみと自負していたシャーロックを鮮やかに手玉に取ってみせたアイリーンの知力と実行力への敬意が、「あのおんな」では出ないように思います。

尊敬を込めての場合はやはり「あのひと」ではないでしょうか?

男でも「かのひと」と呼ばれれば、ひとかどの人物をそうぞうしますが、「あのおとこ」では犯人かと思ってしまいます。

投稿: KAZ | 2007年4月 3日 (火) 21時56分

尊敬を込めて「あの女」と呼んでいる。ほかの女は「あの女」とさえ呼ばない――というのが論旨ですが。続きを書いていますから、お読み下さい。

投稿: 三十郎 | 2007年4月 3日 (火) 22時38分

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