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2007年3月 1日 (木)

シャーロック・ホームズと「あの女」完

 なぜ、ハドソン夫人は女なのにthe womanとは呼んでもらえなかったのか。
 ホームズの目から見れば、女なんてものは問題外であった。いつだったかテレビで「女は人類ではない」と言って物議を醸した人がいたけれど、100年以上むかしの英国ならば、そんなことは当たり前だった。言うまでもないことだった。
 その女の中で、ただ一人アイリーン・アドラーだけが「共に語るに足る」と思ったから、the womanと呼んだのである。もちろん、恋愛めいた感情があったわけではない。

 というわけであるから、the womanを日本語で表すとすれば、まず

(1)あの女(ひと)、あの女性(ひと)
 こういうのは論外である。「ひと」と読ませたければ、「ひと」か「人」と書けばよいのだ。このルビの使い方はいかにも姑息ではないか――とホームズなら言うだろう。

(2)あのひと、あの女性、あの婦人
 これも変だ。女を女と呼んでどこが悪いのだ。ホームズはこう言うだろう。
 "I always call a spade a spade, and a woman a woman."

(3)「あの女」と「あの婦人」の組み合わせ
・シャーロック・ホームズにとっては、彼女はいつも「あの女」だ。
・アイリーンのことや彼女の写真のことが話題になると、かならず「あの婦人」と敬称を用いて呼んだ。

「敬称」だから「婦人」にしたのかね。僕がthe womanと言うのが、すなわちそのままhonourable titleなんだよ。それくらいは君にも分かるはずだと思ったがねえ、ワトソン君――とホームズなら言うだろう。いやこの場合、ワトソンが悪いわけではない。いずれにせよ、基本的なことだよ。

 やはり「あの女」でなくてはいけません。
 

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コメント

honourable title でも「あの女」呼ばわりですか…gentlemanなのにねぇ…。
そういう時代だったんでしょうね。
でもそんなに女だということを意識してたわけじゃないですよね??どうなんでしょう…。
日本語なら「あのひと」「あいつ」など性別不明な第三者の言い方があるのでわざわざ性別を言うのは感情的なものがあるような気がしますけど、英語は性別を区別するのがふつうですもんね?

投稿: ぐうたらぅ | 2007年3月 4日 (日) 11時05分

続きを読まずに書き込んだのは失礼しました。

しかし、説明を読んでも「あのおんな」が「あのひと」より尊敬の念を含んでいるとは感じられませんでした。

あのひとに毒を飲まされた。
これなら、私はそうされてもしかたないとか、それでも私はあの人を許すとかいった場面が想像できますが。

あのおんなに毒を飲まされた。
なら、追いかけてぶち殺してくれと言ってるとしか思えません。

翻訳の言葉の選択は自分の理論ではなく、読み手にどう受け止められるかを計算するものだと思います。
このBlogの文章をそっくり後書きにでものせれば、そうかと頷いてくれる読者もいるかもしれませんが、先入観無しに読んだ読者の大半は「あのおんな」が尊敬の念が強い言葉とは受け取らないと思いますね。

投稿: KAZ | 2007年4月 5日 (木) 09時13分

全部読ませて頂きましたが、脱線が多すぎてさっぱり論点が理解できませんでした。私の理解力が足りない?はいはいその通りでしょうね。
それほど他人の翻訳が気に入らないのでしたら、ご自分で納得のいく新訳を発表されてはいかがですか?

投稿: | 2007年7月 3日 (火) 04時56分

4年もたって書いてもしかたないでしょうが
この場合、womanに定冠詞がついてるのが重要なんで、
そこがまったく理解されてないというか、
この点を検討しようとさえ思われてないみたいですね。
「あの女」は絶対変ですよ。
「あの女」は感じの悪い日本語だし(ただの「女」よりかなり悪い)、
そうじゃなくても、かなり代名詞に近い使い方ですよ。
この場合は代名詞的ではなく、むしろ固有名詞的だと思います。

投稿: | 2011年10月 2日 (日) 04時54分

素人考えでお目汚しですが、イタリック体のtheを無理に日本語に訳して、「ホームズにとって彼女はつねに『女』と呼ぶに価する唯一存在であった」では意訳に過ぎるでしょうか。

投稿: たろう | 2011年10月16日 (日) 04時19分

the womanは「女というもの」という意味ではなくて、that womanの意味でしょう。「あの女」という日本語が感じが悪い? 英語のthe womanやthat womanだって、そんなに感じがいいわけではない。womanとむきつけに呼ぶのを避けてladyとかfair sexとか色々な呼び方があるのです。ホームズはそういう傾向に批判的で、敢えてあの女the womanを「敬称」に使っているのです。

投稿: 三十郎 | 2011年10月16日 (日) 10時06分

ショーペンハウエルに「ドイツ語にはWeib女という立派な言葉があるのに、Frau婦人なんてすかした言葉を使うやつが多い。嘆かわしいことだ」という文章があります。日本語でも英語でもドイツ語でも何語でも、「むきつけ」に呼ばない方が敬意を表しているのだ、という考え方はあります。偉い人に対しては「あなたyou」と言わないで「あなたの偉さyour Majesty」と言うのなんか、その代表ですね。
ホームズは「女を女と呼んで何が悪い」と思っている。しかも「女なんか問題外だ」と思っているけれど、アイリーン・アドラーだけは例外なのです。

投稿: 三十郎 | 2011年10月16日 (日) 10時25分

さっそくのご丁寧なお返事に恐縮しています。ブログ本文と合わせ拝読し、ますます『女』以外の訳語は有り得ないと感じます。
むしろ違和感のもとは『the→あの』だと思うのです。他に訳しようがないことは判るのですが、敬称としての意味合いの強そうな『the』に対し、『あの』には陰口としての用法もあるため、日本語訳だけを読むおおかたの読者には(私もこちらにお邪魔するまではそうでした・笑)、『the』に依ってもたらされるべき敬称のニュアンスが抜け落ちてしまうのではないでしょうか。
専門家の方に対し素人が「うちの辞書にはこう書いてある!」と主張するかのようで汗顔のいたりなのですが、プログレッシウ英和中辞典『the』第6項「これぞ」「唯一最良の」をみて、以上のような感想をいだいた次第です。
私の前にコメントしておられるかたも、『女』にではなく『あの』に異論がおありのように私には思われるのです。

投稿: たろう | 2011年10月16日 (日) 15時27分

なるほど。「あの」ですか。それは気がつかなかった。

投稿: 三十郎 | 2011年10月16日 (日) 17時03分

the に相当する語が日本語にないので、あえてつけるのなら「(あの)女性」「(あの)女」というように、ワトソンが「ホームズは”女”と言っているのは、あの女性のことなんだよね」
と心の中で解釈しているニュアンスを付け加えたほうがいいのでは。

投稿: 個人投資家 | 2011年10月22日 (土) 23時24分

よく分かりませんね。theは尊ぶニュアンスとは限りません。悪名高きというような意味で使うこともある。

投稿: 三十郎 | 2011年10月23日 (日) 07時30分

あるいは、『あの』が軽いのでしょうか。『あの小悪党』には語るべきなにものもなさそうに聞こえますが、『ザ・小悪党』と言われると「どれほど見事な小悪党ぶりを見せてくれるのだろう」と、とたんに興味が湧きますから。(笑)
いずれにしろニュアンスまでは訳しようがないのであれば、原文で読むしかないのでしょうね。

投稿: たろう | 2011年10月23日 (日) 14時09分

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