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2007年4月15日 (日)

棍棒かステッキか(1)

……このとき、折悪しく主人が入ってきました。怪しい物音を聞きつけたからでしょう、備えをしていました。シャツとズボン姿で、愛用の山査子のステッキを持っておりました。強盗に跳びかかって行きましたが、もう一人が、年寄りの方が、身をかがめて暖炉から火掻き棒を取り、主人をやり過ごしておいて、ものすごい一撃を加えました。主人は一声うめいて倒れ、動かなくなりました。私はまた気絶しました。
(『アベイ農園』)

He was dressed in nightshirt and trousers, with his favourite blackthorn cudgel in his hand.
(主人は)シャツとズボン姿で、愛用の山査子のステッキを持っておりました。

『アベイ農園』の一節をこう訳したのだった。cudgelを辞書で見ると「棍棒」と書いてある。だから、これまでの翻訳ではたいていそう訳してある。

(夫は)シャツにズボンという恰好で、愛用しているリンボク製の棍棒を手にしていたのです。(光文社文庫版『シャーロック・ホームズの生還』p. 476)

 しかし、これは間違い。棍棒ではなく、ステッキなのです。
「棍棒」という日本語から、どういうものを思い浮かべるか? まず図のようなものでしょう。

Product

 こういう棍棒は、よくヘラクレスが持っていますね。

Hercules

 しかし、私などはふつうの体格だから、人を殴るときはもう少し軽いものを使いたい。お巡りさんの持っている警棒が60cmだそうだから、あれくらいか、あるいは相手が素手ならもっと短くてもよろしい。
 ともかく棍棒というのはもっぱら対人殴打用のものでしょう。ステッキも人を殴るのに使うことはできるが、殴打専用ではないから、ふつうは棍棒の中に含めない。
 本文にかえって
  his favourite blackthorn cudgelに注目。つまりcudgelsは何本か持っているが、一番のお気に入りがこの山査子(何ならリンボクと訳しても構わない)製のものということです。favouriteという単語は「愛用の」という訳を付けてよいけれども、「複数ある中で一番お気に入り」という最上級の意味を内包している。*the most favourite---などと書くのは英語として間違い。
  火掻き棒で「ものすごい一撃」を加えられて即死したのは、サー・ユースタス・ブラッケンストールという人物である。故人の人格には少々問題があったが、身分は准男爵だった。犯罪者ではないのだから、人を殴るための棍棒なんか何本も持っているはずがない。ここでcudgelと言っているのは「散歩用のステッキ」のことです。これなら何本も持っていて不思議はないのでしょう。
  ホームズが死体を検分しているシーンは前に柔道か柔術か(10)で見た。再録。

Abbe03_1_1

  死体の右腕と交差しているのは、どう見てもステッキの一部でしょう。
  でも辞書にはcudgelは棍棒だと書いてある。たとえば三省堂の新グローバル英和辞典には

cudgel   (太くて短い)棍棒

   と書いてある。しかし、これは辞書が間違っている。直しておきましょう。なぜ辞書を直さなければいけないかは、また。

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