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2007年4月16日 (月)

棍棒かステッキか(2)

 1927年のストランド・マガジン4月号に発表された『ショスコム・オールド・プレイス』は、シャーロック・ホームズが登場する最後の事件となった。ホームズはサー・ロバート・ノーバートンの様子がおかしいから調べてくれという依頼を受けた。サー・ロバートは持ち馬のショスコム・プリンス号をダービーに出走させるつもりでいるが、
「今度のダービーで何としても勝たねばならないのです。借金で首が回らず、これが最後のチャンスなのです。集められるだけ借りられるだけの金を一切合財、この馬に賭けています。しかも、べらぼうな賭け率ですよ。今なら一対四十ですが、初めは一対百だったのですから」というのが、彼の調教師ジョン・メイソン氏の説明である。サー・ロバートは馬に入れ込んだあまり発狂したに違いないというのである。
 ホームズとワトソンは、ショスコム・オールド・プレイスの納骨堂に秘密があると考えて、忍び込む。ところがサー・ロバートが入ってきて二人にランタンを突きつける。以下原文を見てみましょう。

"Who the devil are you?" he thundered. "And what are you doing upon my property?" Then, as Holmes returned no answer he took a couple of steps forward and raised a heavy stick which he carried. "Do you hear me?" he cried. "Who are you? What are you doing here?" His cudgel quivered in the air.
「誰だ、お前らは」と彼は怒鳴った。「わしの地所に入り込んで何をしておるか」ホームズが答えないでいると二歩前に出て、手にした重いstickを振り上げた。「おい、聞こえんのか。お前らは誰だ。ここで何をしておるのか」彼のcudgelが宙で震えた。

 stickとcudgelという単語が出てきますね。どういうことか? しかし、まずもう少し続きを見てみよう。今度は日本語だけでよいでしょう。

 ホームズはひるむどころか、前に進み出て相手に正対した。
「こちらこそ、お聞きしたいことがあります、サー・ロバート」彼は厳しい口調で言った。「これは誰ですか。何故こんなところにあるのですか」
 ホームズは振り向いて、後ろにあった棺の蓋を取り去った。ランタンのあかりで、頭から爪先まで布でくるんだ死体が見えた。恐るべき魔女のような顔、鼻と顎ばかりの顔が突き出て、変色し崩れかけたその顔から鈍く光る両目がこちらを凝視している。
 准男爵はあっと叫ぶと、後ろによろめいて石の棺で身を支えた。
  はい、挿絵見せてください。

Shos05

 怖いですね、怖いですねえ。やっぱり納骨堂に秘密が隠れていたのですねえ。はい、挿絵ありがとう。(淀川さんか?)
 しかし、前段に戻って、stickとcudgelの件。サー・ロバートはstickを一本とcudgelを一本持っていたのではない。右手にステッキ、左手にランタンを持っていたのだ。ここでは、ステッキ=stick=cudgelなのです。

 辞書を引き直してみよう。Merriam-Webster Unabridged Dictionary

cudgel
a short heavy stick that is shorter than a quarterstaff and is used as an instrument of punishment or a weapon
(短く重いstick 。quarterstaffよりも短く刑罰用や武器に使う)

quarterstaff
a long stout staff used as a weapon and wielded with one hand in the middle and the other between the middle and the end
(武器として使う長く太い杖。片手で真ん中を、もう一方の手で真ん中と端の中間を持って振り回す。)

  クォータースタッフは英和辞典に「六尺棒」と書いてあって、これで大体いいでしょう。六尺とは限らないけれども両手に持って振り回すほど長い杖である。
cudgelは
(1) 重くてクォータースタッフよりは短い。
(2) 人を殴るのに使う。
という2条件を満たせばよいのだから、典型的な「棍棒」でも、もちろん「ステッキ」でもいいはずだ。ただしある程度重くなくてはcudgelとは言えない。竹のステッキなどは単なるstickで、cudgelと言い換えることはできない。

  英和辞典を作るときに、元の辞書をよく読まなかったのですね。短いと言っても「六尺棒よりは短い」ということなのだ。長さ90cmくらいのステッキがcudgelに含まれないなんてどこにも書いてない。
 と分かったところで、もう一度正典を見てみると、cudgelは結構出てきます。

He still carried the heavy stick which the mother described him as having with him when he followed Drebber. It was a stout oak cudgel.
息子(アーサー・シャルパンティエ海軍中尉)は重いステッキを持ってドレッバーの跡をつけて行ったと母親が言いましたが、やっこさん、そのステッキをまだ持ち歩いていましたよ。太い樫のステッキです。

 もちろん『緋色の研究』ですね。このステッキのせいで海軍中尉は容疑者にされてしまった。ここでも、ステッキ=stick=cudgelです。今度は『四人の署名』を見てみると

He was an aged man, clad in seafaring garb, with an old pea-jacket buttoned up to his throat. His back was bowed his knees were shaky, and his breathing was painfully asthmatic. As he leaned upon a thick oaken cudgel his shoulders heaved in the effort to draw the air into his lungs.
船乗りの服装をした老人で、古いピージャケットのボタンを喉元までかけている。腰は曲がり膝はがくがくして、喘息で呼吸が苦しそうだ。太い樫のステッキにすがってぜいぜいと肩で息をしている。

 このcudgelはステッキに決まっている。よぼよぼの老人が棍棒なんか持っているはずがない。もう少し後を見てみると、老人は「ホームズさんがおらんのなら、わしは帰るぞ」と言う。アセルニー・ジョーンズがドアの前に立ちはだかって出て行かせまいとする。このシーンには挿絵があります。

Signt3

 やはりステッキだった。老人はどうしたかというと
"Pretty sort o' treatment this!" he cried, stamping his stick.
「ひでえことをしやがる」と老人は叫んでstickで床を叩いた。
と書いてある。やはりステッキ=stick=cudgelだった。

 もう一件、『レディ・フランセス・カーファックスの失踪』を見たいが、これはまた。

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