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2007年4月11日 (水)

シャーロック・ホームズ小伝(5)

Sussex_sm

 若いころ、ホームズは自然への憧れについて感傷的な自己欺瞞に陥ったかも知れない。しかし、サセックスの丘陵と断崖の魅力は本物だった。特に疾風が海峡を北へ吹き上ったあと、自然がすべて洗われて新鮮そのものに見えるときには、朝食前に散歩に出てうまい空気を吸いながら崖沿いに歩くこともあった。ホームズは無為に過ごしていたのではない。ロンドンの悪党どもに代わって孜々として働く蜂の群れが強烈な観察と分析の対象となったのであり、ホームズが『実用養蜂便覧(付女王蜂分離関連所見)』を晩年の畢生の大作として誇りに思うのももっともなのだ。
 1912年ごろ、養蜂家の穏やかな生活は一時中断される。当時カイゼルの秘密諜報員の首魁、フォン・ボルクの活動が憂慮すべきものになっていて、閣僚の間にも懸念がひろがっていた。ホームズはぜひ活動を再開して欲しいと要請された。事の重大性は、外務次官ではなく外務大臣が首相と一緒に訪ねて来たことでも分かる。さすがのホームズもこれには抵抗しきれなかった。彼はシカゴに渡り、バッファローでアイルランド人の秘密結社に加わり、スキバリーンで警察とトラブルを起こした。2年後ついに網が引き絞られ、フォン・ボルクが1914年8月2日日曜日に捕まった次第は『最後の挨拶』に語られている。
 1914年以降のホームズの生活については記録が残っていない。彼が再び隠棲生活を中断したかどうかは、残念ながら分からない。まもなく1954年にホームズの生誕100年を祝うことができるのを、多くのファンは楽しみにしている。
(1953年 S・C・ロバーツ)

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