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2007年5月15日 (火)

ガンジーは無抵抗主義者か(4)

 ガンジーのことが全く分かっていないと坂口安吾を責めてみても仕方がない。1950年の日本人は大変だったのだ。インドのことなんか知るものか。
「婦女子が犯されてアイノコが何十万人生れても、無関心」などと言うけれど、「自分の奥さんならどうだ?」という反問も無意味だろう。幸いにそこまで突き詰めて考える必要はなかったのだ。
 インドは違った。
『ガンディーと使徒たち』pp.239-240

 南アフリカとインドで不正と抑圧と宗教紛争に対するガンディーの市民的不服従運動の原動力となったのは、真理と非暴力であった。この真理と非暴力の信念は、一九四六年、ノーアカーリーで最も厳しい試練にさらされた。ノーアカーリーは当時の東ベンガル州、現在のバングラデシュに属し、ガンジス川とブラフマプトラ川の作る三角州にある辺鄙な湿地帯である。当時ノーアカーリーの人口二百五十万人のうち、十八パーセントがヒンドゥー教徒、八十二パーセントがイスラム教徒であったが、少数のヒンドゥー教徒が土地の四分の三を所有し、イスラム教徒の大部分はほとんど農奴と異ならない境遇にあった。この年の十月、イスラム教徒の暴動が始まった。彼らはヒンドゥー教徒を拷問して殺し、ヒンドゥー教徒の女性を誘拐して犯した。ヒンドゥー教徒の店を略奪し住居を焼き、寺院に侵入して神像を壊した。ヒンドゥー教徒にコーランを唱えさせ、自分の牛を殺して食うことを強要した。この暴動はインド分割とパキスタン建国に伴う宗教暴動の中でも最も凶暴だった。また、宗教暴動が地方にまで及んだのはこれが最初だった。ガンディーにとってこれは特に恐ろしいことだった。インド人の大部分が住む村落地帯については、彼は自分の知識に誇りを持っていたからである。ノーアカーリーでヒンドゥー教徒を村に戻し、イスラム教徒に対しては彼らを受け入れて兄弟として愛するように説得できるだろうか。これができるならば最終的に暴力を封じ込める希望が持てるだろう。そして宗教的寛容と統一をインド全体に説得できるだろうと彼は考えた。弟子と献身的な志願者の一団を伴って、彼は平和と和解の使命を帯びてノーアカーリーに向かった。彼は七十七歳だった。インド当局からも支持者たちからも彼は警告を受けていた。常に正統派であったノーアカーリーのイスラム教徒は今や狂信的になっている。彼は間違いなく暗殺されるだろう。インド亜大陸全体がまさに彼が沈静させようとしている暴力の渦に巻き込まれることになるというのである。「何が起ころうとも覚悟はできている」と彼は従弟のナランダース・ガンディーへの手紙に書いている。「まさに命がけなのだ。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が平和に共存できるか、私が死ぬかだ」

The Mind of Mahatma Gandhiから
 

  ヒンドゥー教徒もムスリムも、殺さず自ら死ぬ勇気を培って欲しい。もしその勇気がなければ、せめて殺し殺される術を身につけることだ。卑怯にも危険から逃れてはならない。逃げる者は精神的なヒンサー(暴力)を振るうのだ。逃げるのは、殺そうとして殺されるだけの勇気がないからだ。
  私の非暴力は決して力を失わせない。このような非暴力を通じてのみ、国民は危機に際して欲するならば統制のとれた暴力を行使することができるようになる。
 私のとなえる非暴力は極めて能動的な力である。そこには卑怯や弱さの余地はない。暴力的な男はいつの日か非暴力を学ぶ望みがある。卑怯者には何も期待できない。再三述べてきたように、自分と女性と礼拝所とを受難によって非暴力で守ることができないのであれば、男である以上、戦って守らなければならない。
 いかに肉体の力が弱くても、逃げるのは恥である。我々は持ち場を守って死ななければならない。これこそが非暴力であり同時に義勇なのだ。いかに弱くともあらん限りの力を振り絞って敵に危害を加え、その過程で死ぬ――これは義勇であり、非暴力ではない。危険に立ち向かうことが義務であるのに逃げるのは、卑怯である。  
 私は非暴力をとなえる。しかし、非暴力を守ることができない人、守るつもりがない人がいることを認める。その人たちが武器を取りこれを使うことを認める。何度でも繰り返すが、非暴力は弱者のものではない。強者のものなのだ。
 危険に直面しないで逃げることは、人と神と自身に対する信頼を否定することだ。このような精神的破綻状態で生きるよりは入水して死んだ方がましだろう。

 彼は1948年1月30日、暗殺された。

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