座右の名文
漱石の『坊ちゃん』を、「探偵」小説であり「恋愛」小説である、といったら、「えっ、なんで?」とおおせのかたが多かろう。しかし、たしかにそうなのである。
まず、「探偵」小説の件からおはなししよう。――「探偵」とカギカッコをつけてあることに御注意くださいね。「探偵」小説といっても、推理小説だというのではない。漱石の大きらいな「探偵」がしきりに出てくる小説だというのである。
――自分の文章のふりをして続きを書きたいところだけれど、だめでしょうね。すぐにばれる。
高島俊男『座右の名文』文春新書p.95の最初の2段落です。
続きが読みたい人はすぐに本屋へ。
漱石論、坊っちゃん論、漱石と探偵論などは、山ほどある。だから、高島先生と似たことを言っている人も、あるいはいるかも知れない。
でも、「探偵」小説であり「恋愛」小説である――というふうにズバリと書いて、腑に落ちる説明をしてくれる人はほかにいないだろう。
……『坊ちゃん』は、ちょっとわけのわからない、薄気味のわるいようなところのある作品だ……
こんなことが書いてあるのも、この本だけだと思う。どこがわけがわからなくて薄気味わるいのか、ちゃんと謎解きがあります。上等の探偵小説と同じである。
「不用意の際に人の懐中を抜くのがスリで、不用意の際に人の胸中を釣るのが探偵だ。知らぬ間に雨戸をはずして人の所有品を偸むのが泥棒で、知らぬ間に口を滑らして人の心を読むのが探偵だ。ダンビラを畳の上へ刺して無理に人の金銭を着服するのが強盗で、おどし文句をいやに並べて人の意志を強うるのが探偵だ。だから探偵と云う奴はスリ、泥棒、強盗の一族でとうてい人の風上に置けるものではない。」
これは、苦沙弥先生の意見である。
高島俊男という人は、こういう探偵ではない。シャーロック・ホームズのような名探偵である。
漱石のほかに、新井白石、本居宣長、森鴎外、内藤湖南、幸田露伴、津田左右吉、柳田國男、寺田寅彦、齋藤茂吉が、高島先生の好きな文章家である。
アマゾンにもうカスタマーレビューが出ている。
少しも質が落ちない口述筆記本, 2007/5/25
素晴らしい本だ。この本はあとがきにあるとおり、高島氏がしゃべり、別の人がそれを筆記したもの。口述筆記は読みやすいが、中身が薄くなり質が落ちるのがふつうだ。しかしこの本は少しも落ちていない。口述筆記だと正直に書いていなかったら私は高島氏自身が書いたものだと思っていただろう。高島氏が目が痛み原稿が書けなくなったという事情によるものだから、他の粗製濫造本とは時間のかけかたが違うのだ。 …………
話は逸れるが、この評者のあまカラという人がちょっと凄い読書家である。ほかの本のレビューも読んでみてください。たとえば福田恒存の『私の幸福論』のレビュー
……この幸福論の大きな特徴は美醜という問題から書き始めていることだろう。夫に捨てられた妻の身の上相談に、福田氏はその妻の顔を見た上でなければ答えられない、と驚くべきことを書く。ブスに生まれついたことを宿命として受け入れる、そこからでないと幸福論は始まらない、というのだ。これには読者からあまりに救いがない、という反論が届く。それに対して福田氏はさらに答える。この最初のやりとりは本書の白眉である。……
僕は早速この本を注文しましたね。
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