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2007年6月26日 (火)

奈良の正倉院(2)

「……ワトソン君もなかなかのものだよ。……ところが、グルーナーが正倉院という日本の名前を持ちだしたから、たちまち化けの皮がはげた。……」
 エドワード7世は続けて正倉院の話をしたに違いない。
「正倉院には、何でも聖武天皇のゆかりの品をおさめてあるらしい。この天皇は8世紀の人だというから、我が国のアルフレッド大王より100年以上も前だ。そんな昔のものを保存しておるというのは、日本という国もなかなか馬鹿にならんぞ。お前たちも日本へ行く機会があったら、ぜひこの正倉院を見てきなさい」
 というような話を、皇太子で後のジョージ5世やその長男のエドワードや次男のジョージは聞いたと思う。
 写真は右がエドワード7世、左が長男で皇太子のジョージ、1910年に即位してジョージ5世になった。セーラー服の子供は、後ろの方がジョージの長男エドワード(のちの8世)、前が次男ジョージ(のちの6世)。

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 実際に孫が日本に来て正倉院を見ているのですね。1922年(大正11年)4月12日にエドワード皇太子が来日し、5月9日まで滞在したときに、正倉院も見学している。(プリンス・オブ・ウェールズを「皇太子」と呼ぶのは厳密に言うとおかしいかも知れないが、ここでは慣用に従う。)

 これはその前の年、大正10年に日本の皇太子(のちの昭和天皇)が訪英されたのの答礼であった。
 皇太子裕仁親王殿下は当時20歳で、同年帰国後に大正天皇の摂政に就任されている。

1107577239

 この写真は御真影ではない。別人28号です。しかし、まあ、こんな感じの青年だった。(続く)

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