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2007年8月30日 (木)

翻訳の馬鹿防止(2)

 産業翻訳と出版翻訳とどこが違うか? 損得がからむかどうかだ。

 バートランド・ラッセルの『人類に未来はあるか』は1962年に初版第1刷が出て、1980年まで18年間で実に23刷を数えた。ところが

今までのうちに、世界のことごとくの人が、過去の水爆実験から少量の放射能をその体内に宿している。つまり「出来たての」ストロンチウムを骨と歯に、「ほやほやの」沃素を甲状腺にやどしている。

 なんて滅茶苦茶な日本語に苦情を申し立てた人は一人もいなかった。随分たくさんの人が読んだのに、別宮貞徳氏が欠陥翻訳時評で取り上げるまで、誰も指摘しなかった。(誤訳迷訳欠陥翻訳(4)参照)

 人類に未来はあるか? なかなか重大な問題ですな。しかし、そんなこと考えても仕方がないでしょ。まあ、なるようにしかならんのとちゃいますか? それより、あんた、儲かるかどうかが大切ですがな。
 誰一人、本気で読んでいなかったのだ。「出来たてのほやほやだって? 肉まんあんまんの話か」とねじ込んで来る読者はいなかったのだ。
 
 損得がからむと読者は一字一句本気になって読む。
 もう10年くらい前に短い契約書の英文和訳をしたことがある。簡単な仕事だった。シャーロック・ホームズに「パイプ三服分の問題」という言い方があるが、これはまず「マイルドセブン二本分の仕事」だった。*It was before breakfast for me. (私にとっては朝飯前であった――この英語はウソ)

 Redh06
すぐに仕上げて忘れてしまったが、数日後アメリカから国際電話がかかってきた。
「これから契約を締結するのだが、訳文に一箇所曖昧なところがある。二通りに解釈できるがどちらであるか、ご教示願いたい」
 読み直してみると、どうも不適訳であった。冷や汗をかきながら弁解して原文の意味をあらためて説明した。
「いや、ありがとう。よく分かりました。何しろ百万ドルの取引なんでねえ」
 こちらは数千円しかもらっていないのに。

 ラッセルでもアダム・スミスでもガルブレイズでもエーリッヒ・フロムでも、誤訳迷訳欠陥翻訳があっても誰もお金を損するわけではないのだ。だから奇特な人が指摘するまで間違いがまかり通ることになる。
  シャーロック・ホームズの牧師か神父かの違いなんぞはもっとひどい。延原訳の間違いが60年以上経った日暮訳でも直っていない。何十万人もが読んでいるはずなのに。

  馬鹿防止という考え方がないのだ。編集者は何をしているのだ?

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