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2007年8月 2日 (木)

ラッセル自伝の誤訳(3)

Russell

 メアリー女王の両親が主催したある園遊会で、ケンブリッジ公爵夫人がかん高い声でこう言った- 
「ええ、わたしにはあなたがどのような方かわかっていますよ。わたしの息子の嫁です。……」

 ケンブリッジ公爵夫人が話しかけている相手はバートランド・ラッセルのお母さんである。公爵夫人から見て「わたしの息子の嫁です」なんてことはあり得ない。

 バートランド・ラッセルの母親ならば父親の妻である。バートランドの父親はジョン・ラッセル(1842-1876)である。この人は自分の父親の初代伯爵ジョン・ラッセル(1792-1878)よりも先に亡くなった。
 バートランドの祖父にあたるラッセル伯爵は1846-1852年と1865-1866年に首相を務めたホイッグ(自由党)の大物政治家である。この人の奥さんはもちろんラッセル伯爵夫人であって、彼女がバートランドのお母さんの姑になる。

 ラッセルを翻訳するならば、これくらいのことは弁えておいてもらいたいものだ。だいたい、嫁と姑が園遊会ではじめて顔を合わせるなんて、変でしょう。あり得ない。 

Yes, I know who you are, you are the daughter-in-law.……

 原文はもちろんmy daughter-in-lawなどとは書いてない。単に「義理の娘」と言っただけ。すなわち「あの有名なラッセル伯爵夫妻の」義理の娘ということは分かっているので、theで済ませただけのことだ。

But now I hear you only like dirty Radicals and Americans. All London is full of it; all the clubs are talking of it. I must look at your petticoats to see if they are dirty.
けれど、聞くところによれば、あなたが好きなのはただけがらわしい過激派とアメリカ人だけだそうですね。ロンドン中でそれが言いふらされており、社交クラブではその話でもちきりです。私は、世間のうわさどおり急進派やアメリカ人が本当にけがわらしいかどうかを知るために、あなたのペチコートの中(出入りしている世界)をのぞいてみなければならないですね

 これも非常に不思議な訳ですね。どうしたらこういう読み方ができるのか? 
 ヴィクトリア朝の園遊会

K2973b

 園遊会でも貴婦人はだいたいこういうふうなドレス姿だった。

Victoriandress

 まずコルセットでウェストをむやみに締めつけて50cmくらいにしてしまう。(だから健康には良くなかった。女の人は何かあるとすぐに気絶した。シャーロック・ホームズの『空き家の冒険』の冒頭でワトソンが男なのに気絶したのは、それだけショックが大きかったということだ。)これと対照的にスカートを大きくふくらませるために、ペチコートを何枚も重ねてはいたのである。

I must look at your petticoats to see if they are dirty.
 ペチコートが複数になっている。theyは「急進派やアメリカ人」を指すのではない。複数のpetticoatsを指すだけのことだ。

「あなたのペチコートの中」がどうして「出入りしている世界」という意味になるか? 第一、ペチコートのならば、あとはもうパンツ*だけである。女同士でもそこまでは口に出さないものです。英語ではペチコートの「」なんてどこにも書いてありません。

 これは「あなたのペチコートが汚れてないか、見せてもらわなくちゃ」くらいでいいでしょう。

* パンツははいていなかったかも知れない。日本では、1932年(昭和7年)の白木屋デパートの火事をきっかけにズロース着用がひろまったというのが従来の定説であったが、井上章一氏の研究がこの伝説を覆した。西洋婦人のパンツ着用がいつごろから始まったかは、寡聞にして知らない。どなたかご教示下さい。

  あとはM.マッツィーニの注である。(続く)

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