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2007年8月20日 (月)

誤訳迷訳欠陥翻訳(4)

 以前に見た『国富論』の翻訳については、水田洋氏と別宮貞徳氏の間で論争になったのだそうだ。(誤訳迷訳(1)-(3)を見てください)。
 しかし、論争になりようがないのもありました。バートランド・ラッセルの『人類に未来はあるか』理想社(1962年初版。現在はさすがに絶版中)

 これはもうあいた口がふさがらないようなトンデモ訳です。受験英語の初歩くらいのレベルで盛大に間違っている。見事というほかない。以下、別宮先生の挙げる例。

・発生するエネルギーは、光の速度の自乗で繁殖して、失われる質量とつねに等しい……
……the energy generated is equal to the mass lost multiplied by the square of the velocity of light.

[別宮訳] 発生するエネルギーは、失われた質量に光の速度の二乗を掛けたものにひとしい。

 別宮先生曰く。
multipliedがなんと「繁殖した」になっちゃった。squareを「四角」にしなかったのはめっけものかもしれませんな。うちの息子がこれを読んで笑うこと笑うこと。

 先生の息子さんは、このころ高校生だったのだろうか。私も高校生のころは、受験勉強にせっせと辞書を引いてラッセルを読んだものだ。懐かしい。

・そのような死の戦闘へと発展しないよう、保証することのできる大国が、戦争に従事していいものであろうか。

[別宮] なんだかもっともらしいでしょう。ところが原文は

Should the Big Powers engage in war, who can guarantee that it will not develop into such a deadly struggule?

[別宮] ごらんのとおり、高校生、特に受験生にはおなじみの文型でね。辞書をひいていいっていわれりゃ、

 かりに大国が戦争を始めるようなことにでもなれば、このような死闘にならないと誰が保証しえよう。

くらいの訳はたいていしますよ。このラッセルの本を読むほどの学生なら、英語の力はこの訳者に負けないと自信を持ってもいいですね。わからなければ、翻訳がおかしいんだ、と。
[ここまで別宮]

 どうも、ひどいもんですね。別宮先生のコメントはよほど遠慮して書いているのだ。

 この訳者日高一輝氏と出版社理想社のコンビが、『ラッセル自叙伝』3巻(1968-1973)を出していて、これがひどいのですね。間違っていないのは表紙だけといってよろしい。

 The Autobiography of Bertralnd Russellは、1967年から69年に3巻本で出ている。今度1巻本の新版が出たらしい。私はむかしにペーパーバックで読みました。ラッセル(1872-1970)は、もう九十何歳になって怖いものなしで、何でもあけすけに書いている。実に面白かった。一部はこのブログでも紹介しました。(一筆書きの技

 ところが原書を読んでだいぶたってから、図書館に翻訳があるのを見つけた。ちょっとのぞいてみてびっくり仰天した。ところが、いったん訳が出てしまうと結構通用するのですね。エンカルタの百科辞典などに引用してあるのを見つけた。これは公害じゃないか。

 と思っていたら、松下彰良氏のオンライン訳のページを見つけて、このあいだ「ラッセル自伝の誤訳」で取り上げたのです。
 このオンライン訳は日高訳をスキャナーでコピーして、誤訳部分だけ訂正して行こうという方針らしい。
 失礼ですが、私のような職業的翻訳者から見れば、ちょっと見通しが甘い。誤訳の怖さを知らない。
 私などは怖さが身にしみて分かっているのだ。自分でたくさん誤訳をしているからね。

 ――というようなことを考えていたら、「論座」の9月号に翻訳の特集があって、別宮先生も登場しているのを見つけた。その話はまた。

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