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2007年8月 3日 (金)

ラッセル自伝の誤訳(5)

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(バートランド・ラッセルと父ジョン・ラッセル)

 両親は兄のために、D.A.スポルディングという、かなり科学的能力のすぐれた家庭教師を雇った。ウィリアム・ジェームス(著)の『心理学』のなかでの彼(スポルディング)の著書への言及からみて、すくなくとも私はそう判断する。
 スポルディングは、ダーウィン進化論の信奉者であり、ニワトリの本能の研究に従事していたが、彼の研究を助けるため、応接間もふくめ、家中のどの部屋を使い荒らしてもよいという許しを得ていた。彼は当時、肺結核の症状がかなり進んでおり、父の死後ほどなく亡くなった。  
 純然たる理論的根拠から、明らかに父と母は、彼(スポルディング)が肺結核の故に子供をもつべきではないが、さればといって独身で暮らすよう求めるのも正しくないと結論していた。それで母は、彼が一緒に暮らすことを許した。けれども、そうすることによって母が、幾らかでも楽しかったかというと、全然そのような形跡は見当たらない。いずれにせよ、せっかくこのように配慮をしても、それもほんの短い間しか続かなかったのである--というのは、それも私が生まれた後始まり、私が二歳になったばかりで母が亡くなられたからである。

 太字のところが間違っている。まったく何も分かっていない。これではラッセルを読む資格なんてないでしょう。
 この箇所は、日高一輝訳でとんでもない誤訳があったのを、松下氏が一応は直したのです。しかし、これではまだ駄目です。

 まず原文。「純然たる理論的根拠から」以下に相当する部分。

Apparently upon grounds of pure theory, my father and mother decided that although he ought to remain childless on account of his tuberculosis, it was uufair to expect him to be celibate. My mother therefore, allowed him to live with her, though I know of no evidence that she derived any pleasure from doing so. This arrangement subsisted for a very short time, as it began after my birth and I was only two years old when my mother died. 

 スポルディングは肺結核だから子供は作るべきではない。しかし、一生女性に縁がないままでいろというのはアンフェアである――父と母は、まったく理論的根拠からこういう結論に達したらしい。それで、母が、スポルディングとベッドを共にしてやることにした。母がそこから何らかの快楽を得たという証拠はないのであるが。この取り決めは短期間しか続かなかった。私の誕生のあとに始まったのであり、母は私が二歳のときに亡くなったから。

 live withというのは日本語の「同棲する」に似た婉曲表現です。ラッセルも、まさかこんな読み違いをする読者がいるとは思わなかっただろう。
 住み込みの家庭教師だから「一緒に暮らす」のは当たり前です。別に変ではない。
 ラッセルの父母は、夫婦でよく相談して
「あのスポルディングさんは、独身のまま死ぬなんて可哀想だ。だから、妻の私があの人と寝てあげることにしましょう。それが理論的に正しいのだ
と決めたのです。
 好色だから浮気するというのはヴィクトリア朝の英国にも、もちろんあった。しかし「正しいから」という理由で夫婦同意の上で婚外交渉の取り決めをするというのは破天荒であった。
 1876年にラッセルのお父さんが亡くなったあとで、このことが暴露されて一大スキャンダルになった。
 それでお父さんが遺言で決めておいた子供の養育権者(友人)が裁判で取り消されて、ラッセルはお祖父さんの邸宅、ペンブローク・ロッジに引き取られることになった。

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 ラッセルの両親はジョン・スチュアート・ミルの弟子で徹底した合理主義者だった。「理論的に考えて正しいことは万難を排して実行すべきだ」と考えていた。
「千万人と言えども我行かん」という気概があった。ラッセルは両親の血を受け継いでいるから、大哲学者になり、政治的にも極端から極端に走った。どう極端だったかというと――

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コメント

相変わらず勉強になります。
この例のように、日本語だけ見ても意味を成していないことを感じながら(だと思うんですが。いや、「幾らかでも楽しかったかというと」を見ると全然気づいてないかな)妥協してしまう、そういう気持も私なんかにはよくわかります。そんな翻訳はしないほうがいいくらいですがね。
ところで、やっぱり「ヘル・ハイデッガー」ですか。私は「ヘア・ハイデガー」として「ヘル」だろうとの指摘を受けました。ヘルでわかる読者、ヘアでわかる読者、どちらもわからない読者、いろいろ考えてとりあえず「氏」に逃げてしまいました。
しかし、「間違っていますよ」と指摘してくれるありがたい周りの人、なんてあまりいないんじゃないでしょうか。

投稿: coderati | 2007年8月11日 (土) 15時09分

コメントありがとうございます。このラッセルの翻訳は訳本をスキャナーでコピーして部分的に直そうとしているのがよくないらしい。元の本の翻訳が悪すぎますからね。
私の唯一の訳本は、アホな間違いをしていたのを敏腕女性編集者がめざとく見つけていくつも指摘してくれました。理想社に比べると新評論は何倍も偉い。
産業翻訳の方は誤訳で何億も損をする可能性があるので厳しくチェックしますよ。
ヘル? ヘア? どっちかなあ。
お互いに頑張りましょう。

投稿: 三十郎 | 2007年8月11日 (土) 15時47分

なるほど、敏腕編集者ですか。
産業翻訳は厳しいんですね。
私はこのところドストエフスキーの新刊等の翻訳をつついてるんですが、編集者は何しているんだろう、というような変なところが結構あります。
そうですか、元の翻訳が悪すぎるんですね。
「純然たる理論的根拠から」も変ですよね。純理論を根拠として、の方が近くないですか。
あと、差し出がましいようですが、「独身のまま死ぬなんて可哀想だ」という情ではなく、「男に禁欲を要求するのは無理だ」、従って、するのが当然だ、という「理論」は西欧の一部に冗談でなく、あったのではないでしょうか。いや、私はよく知らないことを言っているようです。なんとはなしの感想です。

投稿: coderati | 2007年8月12日 (日) 10時46分

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