シャーロック・ホームズ対夏目漱石
シャーロック・ホームズ(1854-?)と夏目漱石(1867-1916)がはじめて顔を合わせたのは、1901年(明治34年)5月上旬の或る火曜日の夕方のことであった。
ホームズとワトソンはホーマー街にクレイグ博士を訪ねた。ベーカー街からは近くで、歩いて行ける。
クレイグ先生は燕の様に四階の上に巣をくっている。敷石の端に立って見上げたって、窓さえ見えない。下から段々と昇って行くと、股のところが少し痛くなる時分に、ようやく先生の門前に出る。門と申しても、扉や屋根のある次第ではない。幅三尺足らずの黒い戸に真鍮のノッカーがぶら下がっているだけである。しばらく門前で休息して、このノッカーの下端をこつこつと戸板へぶつけると、内から開けてくれる。
開けてくれるものは、何時でも女である。近眼のせいか眼鏡を掛けて、絶えず驚いている。年は五十位だから、随分久しい間世の中を見て暮らした筈だが、矢っ張りまだ驚いている。戸を叩くのが気の毒な位大きな眼をしていらっしゃいと言う。
ホームズも真鍮のノッカーの下端をこつこつと戸板にぶつけた。五十位の婆さん(五十なら立派な婆さん。100年前のことです)が戸を開けてくれた。
ところが先客があって、クレイグ先生はこの男を相手に大声でしゃべっていた。
ホームズが小声でワトソンにささやいた。
「支那人らしいね」
「いや、私は日本人ですよ」
と、その黄色い男が突然こちらをむいて、するどい声でいった。うっかり口にした非礼を耳ざとくもききとがめられたのと、めずらしく自分の観察があやまっていたことで、さすがのホームズが耳までまっかになった。
「いや、これは失礼、日本の方はめったにお目にかかることが少ないとはいえ、あすにでもわが大英帝国と攻守同盟をむすびそうなお国の人を見まちがえるなんて? いや、今度は第一御皇孫がご誕生になったそうでおめでとう。けさの新聞で見ると、お名前はヒロヒトと名づけられたそうですね。シャーロック・ホームズをまず劈頭に赤面させられた唯一の国民に、永遠の繁栄がありますように!」
ホームズもずいぶんお世辞を言ったものですね。漱石はどう答えたか?
「永遠の繁栄? いや、滅びるね」
とは、このときは言わなかったようだ。
あとは山田風太郎の『黄色い下宿人』を見て下さい。ちくま文庫に『明治十手架』と一緒に収録されています。
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