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2007年8月17日 (金)

シャーロック・ホームズの性格(3)

Nava07

 あるいは、クラパム・ジャンクションの駅あたりを見て我々の社会の未来は明るい、なんてことを考える人はまずいまい。ところがホームズは、車窓から見える光景に心を動かされたらしい。

「見たまえ、スレート屋根の連なる上に大きな建物がぼつんぼつんとそびえ立っているのを。まるで鉛色の海に煉瓦の島が浮かんだみたいじゃないか」
「公立小学校だ」ワトソンは短く答えた。
「いや、きみ、まさに灯台だよ。未来を照らす灯だ。一つ一つに何百という光り輝く小さな種子がつまった莢だ。あの莢がはじけて、今より賢明な、はるかにすぐれたイギリスがとびだすのだ」

 後期ヴィクトリア朝自由主義の屈託のない気分をこれほど生き生きと表している言葉はないだろう。
 哲学については、ノックス師*が「彼はグレイツ(古典語、哲学、古代史)の課程を取ったのではない」と断定しているのはやや独断的であるが、どうやら事実らしい。しかし少なくとも人類学に関心があったことは確かだし、人類の過去の歴史と未来の運命という問題は常にホームズの心を占めていた。『四人の署名』では、モースタン嬢の事件の探索に出かける間、ワトソンを一人置いて行くので、これでも読んでいたまえ、こんな凄い本はちょっとないよ、とすすめたのが、ウィンウッド・リード(1838-1875)の『人類の苦難』Martyrdom of Man (1872)であった。これは19世紀合理主義の開陳としてもっとも人気があった本だ。ホームズは人嫌いで芸術家気質で知的関心も片寄っていたから、家族親戚の地主らしい旧套には逆らったに違いないが、ウィンウッド・リードはまさにその反動で彼を引きつけるような本だった。陰鬱な文明論で、その結論はシャーロック・ホームズの同時代人たちを滅入らせたに違いない。

  精神の苦悶の時代が近づいている。我々がこれを通り抜けて、はじめて子孫が生まれるのだ。霊魂は犠牲となり、不滅の望みは消えねばならない。

*ノックス師 ロナルド・ノックス(1888-1957)。「シャーロック・ホームズ文献の研究」参照。

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