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2007年9月25日 (火)

手に手を取って(1)

Iden21

 ベーカー街の彼の下宿で、暖炉を両側からはさんでいるときだった。シャーロック・ホームズはこんなことをいいだした。
「ねえ君、人生というものは、人の考え出したどんなものにもまして、不可思議千万なものだねえ。われわれの思いもよらないようなことが、実生活では平凡きわまる実在として、ごろごろしているんだからなア。たとえば、今二人が手に手をとってあの窓からぬけだし、この大都会の上空を飛行しえたとしてね、家々の屋根を静かにめくって、なかでいろんなことの行われているのをのぞいてみると仮定しよう。そこには奇怪きわまる偶然の暗合とか、いろんな企みとか、反目とか、そのほか思いもよらぬできごとが、それからそれへ連綿と行われており、またそこから奇怪な結果が生みだされるというわけで、それに比べたら、小説家の考え出した月並みですぐ結末のわかる作品なんか、気のぬけた、愚にもつかぬたわごとにすぎないと思うよ」

『花婿失踪事件』の冒頭。訳文は延原謙氏です。

 ホームズとワトソンが二人で窓からぬけだしてロンドンの上空を飛行するというイメージがすばらしい。
 ホームズがこういう光景を思い描いたのは、きっと『ピーター・パン』の影響だ。ホームズとワトソンの友人コナン・ドイル(1859-1930)は、ジェームズ・マシュー・バリー(1860-1937)と親友だった。ドイルとバリーは一時は御神酒徳利のような仲で、オペレッタを共作したりもしている。(やがてドイルが心霊術に凝り始めると、バリーはドイルを敬遠するようになった。)
 ホームズにとってもバリーは友だちの友だちなのだから、バリー作のピーター・パンなら、劇場まで見に行ったかどうかはともかく、知ってはいたはずだ。

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と思ったのですが、これはアナクロニズムらしい。
 バリーが戯曲『ピーター・パン』を書いたのは1904年のことだった。『花婿失踪事件』はストランド・マガジンの1891年9月号に載ったのであるから、こちらの方が古いのですね。空中飛行はホームズが独自に思いついたらしい。

たとえば、今二人が手に手をとってあの窓からぬけだし、この大都会の上空を飛行しえたとしてね、……
If we could fly out of that window hand in hand, hover over this great city, ……

 しかし、ホームズとワトソンが二人で空を飛ぶのはいいとしても、「手に手をとってhand in hand」というのはどんなものだろう?

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 BBCでラジオドラマとして放送されたThe Case of Identityの録音を聞いてみると

If we could fly out of that window, hover over this great city, …

ホームズ(クライブ・メリソンという役者がうまい)はhand in handを抜かしてしゃべっている。
 このラジオドラマは1960年代にBBCで放送されたものらしい。ヴィクトリア朝の英語そのままでは現代の英国人に分かりにくいからか、ホームズやワトソンの台詞もときどき現代風に変えてある。
 この場合も、中年男同士が「手に手を取って」はちょっと変だというので省いてしまったのだろう。
 ストランドマガジンに載った1890年代でも、ホームズとワトソンが手をつないでロンドンの街を歩くなんてことはなかっただろう。二人で空を飛ぶという特別な場合だから、「手に手を取って」もあり、というのだと思う。しかし現代の眼から見ると、それでもおかしいというので省いちゃったのだろう。

 ところが、男同士手をつないではおかしいというのは、英国や日本のような特殊な文化の話らしい。ほかの国では、たとえば
 
(ベトナムで)私よりもlO歳ほど年上で同僚のペトナム人男性と一緒に歩いていると、突然手を握られてぴっくりしたことがある。ギョッとして手をふりほどきかけたところで、それもまずいかと思い、ボーッとしたまま、「ちょっとトイレに行くので」とか言って、その場はなんとかしのいだ。この体験をして以来、注意をして観察してみると、ハノイでは、中年のおじさん同士でも、親しそうに手をつないでいることがよくあるのに気がついた。
(→「今日の一言」というサイト)
 
  どうも気持が悪いが、別にホモではないらしい。韓国でも中国でもインドでも、成人男性同士手をつなぐのはよくあることだという。
「アラブの国々では、大人の男の人同士でも、普通に手をつないだりします」と上のサイトにもある。
 だから、サウジアラビアのアブドゥラー王子が訪米すると、ブッシュ大統領もサービスしちゃうのだ。お花畑の中を手に手を取って歩くなんて素敵ですね。

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 (写真はジョージのブログからお借りしました。)
 
 しかし、ホームズとワトソンだって、さすがに「手に手を取って歩く」ことはしなかったけれど、空中ではhand in handで昔はオーケーだったのだ。100年以上前のヴィクトリア朝のイギリスでは、男同士の身体接触の基準が今とは少し違ったのではないだろうか?
 別の作品を見てみよう。(続く)

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コメント

hand in hand には私もびっくりしました!
ホームズが意外とメルヘンでワトソンが現実的なことを言っているのが面白いですよね。
ラジオドラマの朗読では省かれたんですか。残念ですねぇ。
空中という特殊状況下でhand in handがOKというのを読んで、現代的な例として私が思い浮かべたのはフォーメーションスカイダイビングです。あれは空中飛行というより落下ですが、手をつないだり、手で他の人の足をつかんだりしています。まぁ、スポーツの例を出せば他にもっと変な体勢になるものもあるでしょうが…。

投稿: ぐうたらぅ | 2007年10月 8日 (月) 00時18分

ありがとうございます。スカイダイビング! なるほど、考えなかった。

投稿: 三十郎 | 2007年10月 9日 (火) 02時19分

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