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2008年2月25日 (月)

昔の英国の入学試験(1)

3380702

 1888年(明治21年)10月、19歳になったばかりのガンジー(モーハンダース・カラムチャンド・ガンディー)は、客船クライド号から英国サウサンプトンの港に降り立った。
 彼はロンドンのインナー・テンプル法曹学院で3年間勉強して、バリスター(法廷弁護士)の資格を取ってインドに帰るつもりだった。

 以下は『ガンディーと使徒たち』pp.126-127から。

  英国に来てから数ヶ月の間、ガンディーは学業にはあまり身を入れなかった。彼はインナー・テンプル法曹学院に学生として登録しただけで、ほかにはほとんど何もしなかった。しかし、ウェスト・ケンジントンの下宿を引き払ってからは、もう少し真剣に取り組むようになった。当時のインナー・テンプルでは学業はほとんど形式的なものだった。学生は標準的な教科書を何冊か読んで、三年後にコモン・ローとローマ法の二科目の試験に合格すればよかった。試験はごく簡単なもので、ほとんど全員が合格した。学生の義務は、このほかに授業料を払うことと「規定の学期間在学する」ことであった。学生は、自分の所属する学院で一学期に六度夕食を取れば在学したものと見なされた。夕食は実際に食べる必要はなく、所定の時間に正装して食卓に着き一時間ほど坐っておればよかった。卒業するためには十二学期間在学する必要があり、一年は四学期だった。試験に合格し規定の学期間在学した後、学生は紳士として法曹倫理規範に従うことを誓い、バリスターの資格を与えられた。

 ガンディーは、法律書に取りかかる前にまずもっと英語の力をつけなければならないと思った。それにローマ法の研究にはラテン語の初歩も必要だった。彼はオックスフォードかケンブリッジに入学することも検討してみた。しかし、インナー・テンプルに籍を置いたまま大学にも行けなくはなかったが、時間と金が足りなかった。彼はその代わりにロンドン大学の入学試験を受けることにした。これはアーメダバードの試験よりもはるかに難しかったから、彼は受験予備校に通った。一八九〇年一月、彼はラテン語、フランス語、化学の三科目の入学試験を受けた。この試験は不合格で、彼は六月に再試験を受けた。今度は化学の代わりに「熱と光」という科目(この方が易しかった)を取り、合格した。

この本は私が訳したのですが、第2段落に誤訳があります。「ロンドン大学の入学試験」というのが間違い。これは「ロンドン大学の入学資格試験」としなければならない。

 原文は
He therefore settled on a London University matriculation--a much more rigorous examination than the Ahmedabad one--and on a cram tutorial school to help him prepare for that.

  matriculationという単語は知っているつもりだったので、辞書を引かなかった。リーダーズプラス英和辞典を引いてみると

matriculation
大学入学[入会]許可, 入学式; 【英】 大学入学資格試験《現在は GCE に取って代わられた》

 とある。GCDを引くと

GCE
【英】General Certificate of Education(一般教育証明書[試験])全国的に行われる試験で, S level, A level とそれより低いO levelがあったが, O levelは廃止; 大学入学の資格を認定する

 この間違いには、ヘスキス・ピアソンのコナン・ドイル伝を読んでいて気がついた。コナン・ドイルは1875年、ガンジーの15年前に大学入学資格試験に合格している。(続く)

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