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2008年3月20日 (木)

推理小説の誤訳(4)完

 古賀正義氏まえがき続き
「……同じく東大英文科で教鞭をとり、英文学のカテゴリーを超えて戦後著名文化人の第一人者であった故中野好夫氏の『ローマ帝国衰亡史』(ギボン)も、一、二巻に関する限り、誤訳が少なからず、そのため索漠たる読後感が残るのは残念である。」

 ほんとだろうか? ショックだなあ。ギボンは難しそうだから、中野訳があるなら訳で読もうと思っていたのに。
 私は中野好夫訳のモームを英和対訳にしたのを何冊も読んだことがある。間違いは一つだけ気がついた。her second marriageを「あの女は後妻だから云々」と訳したのは、筆が滑ったのだろう。そのほかは正に達人の技で「凄すぎて真似はできない」と思ったものだ。
 晩年は衰えたのか? 淮陰生の名前で出した『一月一話』は面白かったけれど。分からん。

 古賀氏曰く
「推理小説だけなら、文学の周辺に位置するものとして、軽視することもできよう。しかし、一流の学者が一流の文学、史学、哲学、経済学、法学等の分野で同じような誤りを冒しているとすれば、明治以後の輸入文化は欠陥品、ないし当今流行の表現を使えば偽装品を含んでいたのではないかという深刻な反省を迫られることになろう。」

「同じような誤りを冒しているとすれば」は仮定だけれど、どうも実際にそうらしい。別宮貞徳氏の誤訳指摘本を見ると、そうらしい。

 ただ、古賀氏の本には、別宮氏の本と違って「あっと驚くタメゴロー」的な派手な間違いの指摘がない。あるいは「細かい文法ばかり突っついて……」と言う人がいるかも知れない。
 別宮先生の『特選誤訳迷訳欠陥翻訳』(pp.145-6) によると、古賀氏が1983年に「別宮氏の訳書にも多数の誤訳を見つけた」と言い、朝日新聞が鬼の首を取ったように記事にしたらしい。
 
 
  別宮氏は古賀氏に問題の訳書『イヴリン・ウォー作品集』のどこが誤訳かを尋ねる手紙を出し、古賀氏が丁重に返事して22箇所の誤訳を指摘した。
 別宮先生曰く
「この中で、訳語についての感覚の差、原文の解釈の相違を除き、たしかにこちらの誤りと認められたのは十三である。われながらずいぶん呆れた誤訳で、どうしてこんなバカなことをと思うのだが、それが翻訳の恐ろしさで、うっかりだの、思いこみだの、考えちがいだの、いずれ『誤訳辞典』の続編に(出れば、だが)収録するつもりでいる。……少なくともぼくは、ひとがそれくらいのミスをおかしていても責める気にはなれないし、責めたこともない。まして訳者名を公にすることなど考えも及ばない」

『推理小説の誤訳』という本に限れば、古賀氏がここで誤訳でないものを誤訳扱いしているとは思わない。ただ、古賀氏の基準は少々厳しすぎるきらいがないでもない。
 寅さんに「それを言っちゃあ、おしめえだよ」という台詞がありますね。
 古賀氏に対して「じゃあ、あなたも一度翻訳をしてみたらどうですか? むつかしさが分かりますよ」と言うのは、やはり禁じ手でしょうね。
 ただ、翻訳の恐ろしさは、やってみないと分からない。別宮先生ほどの人でも、「うっかりだの、思いこみだの、考えちがいだの」で間違いをしてしまうのだ。況や我々に於いてをや。
 
 結論
・誰でも間違うことはある。
・しかし、間違いにも「程度がある」。
・間違いをチェックする体制がないのが一番の問題だ。

 古賀氏の本も「間違いチェック」の一種だけれど、シャーロック・ホームズの例のようにチェック機能は働いていないようだ。だからしつこく取り上げたのです。

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コメント

お久しぶりです。再開後のブログ楽しく拝読しています。

古賀正義さん、P.G.ウッドハウス"Leave it to Psmith"
を『スミスにおまかせ』のタイトルで翻訳・刊行しておられ
ます。1982年、創土社刊。

図書館で読みましたが、ここ数年翻訳ラッシュのウッドハウス
作品よりも訳文に落ち着きがあり、心地よい読後感でした。

誤訳があるのかはわかりませんが(笑)

投稿: 熊谷 彰 | 2008年3月20日 (木) 12時35分

知らなかった。早速探して読んでみます。

投稿: 三十郎 | 2008年3月20日 (木) 14時31分

新訳「ローマ帝国衰史」のソフトカバー版が書店に並んでいました。新訳「ガリア戦記」はハードカバーでした。

投稿: 土屋朋之 | 2008年3月20日 (木) 22時38分

ありがとうございます。のぞいてみます。抄訳だと思うけど。

投稿: 三十郎 | 2008年3月21日 (金) 14時30分

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